ALOHAやしの木

心と体のヘルスプランナーかっきーですおねがい

 

 

昨日友達に誘われて

 

『life』 というワークショップに参加してきた

 

そこで10時間以上かけて

 

20人近くのほとんどが初対面という人たちの中で

 

「委ねる」

 

を体感した

 

 

 

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私は子供のころから

 

自分がしっかりしなければいけないという環境で育った

 

自分さえ我慢すれば

 

自分がしっかりすれば

 

自分が甘えなければ

 

そう思ううちに

 

いつの間にか

 

人を判断基準にして

 

その人より

 

自分がしっかりする、という

 

他人軸ができあがった

 

 

 

いくらしっかりしているようでも

 

しょせん他人軸だから

 

自分のことはしっかりしているとも思っていないし

 

他人の前では

 

自分はかすむと思っていた

 

 

 

そのうえ

 

母親からもらう言葉は全部否定だったしね

 

 

 

だから

 

人のことは信用しているけど

 

自分のことは信用していない

 

と思っている(思い込んでいる)

 

不思議なわたしが出来あがっていた

 

 

 

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人を信じていると思っている一方で

 

誰かに何かを任せるということは

 

とても苦手だった

 

 

自分でやった方が早い、とか

 

ひとりでやった自分えらい、とか

 

自分に理由を付けては

 

1人でやろうとしていた

 

 

「やってほしい」「お願いします」

 

が言えなかった

 

 

言えなくても

 

自分でなんとかしてきた

 

なんとかなってきた

 

 

だけど

 

1人の器では抱えきれなくなって

 

器からあふれて

 

それに気づいたとき

 

人に甘える、が自分の課題だと思っていた

 

 

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昨日の『life』 で

 

「委ねる」をテーマにしたワークが出た

 

それを聞いただけで

 

怖さが出てきた

 

核心を突かれているのがばれてた

 

 

 

結果

 

ワークを行うこともでき

 

その場にいた

 

数時間前までは赤の他人だった人たちが

 

仲間というとても近い存在に変わっていた

 

 

 

以前の自分だったら絶対に

 

委ねるなんてできなかった

 

という自信がある

 

こういう自信はある(笑)

 

 

 

なのに

 

なぜできたのかを考えたとき

 

一つの答えが出た

 

 

 

私は

 

委ねる相手を信じられないから委ねられなかったのではなく

 

 

 

委ねる決断をした「自分」が信じられなかった

 

 

 

そして

 

相手を信じているという前提で生きていたから

 

委ねてうまくいかなかったときに

 

相手を責めてしまう自分を

 

相手が信じられなくなる自分を

 

見たくなかっただけだった

 

 

 

 

自分を信じる

 

 

 

が私の本当の課題だった

 

その課題はわかっていたけど

こんな風にいろんな角度から信じてないことが露呈すると

ちょっと笑えてしまう

 

 

 

がんばらないで

好きなことだけして生きる、とは

 

 

 

自分を信じる覚悟と 

 

周りの人の優しさを信じる覚悟がないと

 

できないことなんだよ。

 

とブログに書いてあったぢんさんの言葉が

 

昨日の出来事と重なった

 


 

 

かっきーでした虹

 

MAHALOハイビスカス