真夏日の中、けいとは自転車。私とじーさんは徒歩で、だいぶ歩いてきました😌
神社の前を通る少し手前から、
大丈夫だ
心配せずに
心健やかに過ごすことだよ
と、ずっと聞こえてきていました。
声の主は誰かはわかりません。
その声と対話しながら歩きました。
じいさんとけいとがだいぶ前を歩き、後ろから二人を見ながら、その声をずっと感じていました。
健やかに
心健やかに
その言葉は何度も何度も聞こえました。
平和も願いました。
どうかこのまま、一日過ぎるたびに、世界中が、平和へと一歩一歩歩を進められますように
そんなことを願うと、
わかっているのだろう。
と、見透かすように言われました。
平和に向けて明日、明後日と、進む時ではもうないのだろうと、お腹の底の方でもう数年前から感じていました。
それなのにそんな言葉を願ったので、見透かされてしまいました。
どんなことでも。小さな体にできた傷でも。内に溜め込んだ怒りも。
改善に向かうには、一度放出するのが自然の理。なのかと感じます。
そのままだましだまし溜め込んでいっても、それは偽りの平和。
でも、偽りの平和でもいいと願う人たちもいるわけで。戦地にいる人たち。苦しんでいる世界中の人達。当事者たち。
難しいこんな課題を、人間たちはどうにか新しいやり方で解決していけたらと思います。
色々とぐるぐる考えても。自分の中では今後どうなるのかおおよそは感じるわけで。
そんなことを考えていると、
健やかに生きなさい
と、声がしてくるのです。
私は小さなことでも大きなことでも、ことが起きたあとの焼け野原に咲く花を見たいのです。
大人になればたいしたことではないけれど、小さな頃もうどうにもできない。怖い。不安。そんなことが起き、泣いて泣いて絶望的な気持ちになっても、泣いたあとに泣きつかれて眠りにつく寸前に、心に咲いた花。
あ、もう大丈夫なのかもしれない。
平気なことだったのかもしれない。
その心に咲いた花に、なんともいわれぬ安堵感を抱きました。
世界の焼け野原のあとの花は、いつ咲くのだろう。
そんなことを頭に浮かべました。
何十年先かと思っていましたが、
生きているうちには見られないよ
と言われてしまいました。
百年以上先のことのようです。
そんなやり取りをしていて、コンビニにたどり着きました。
お昼ごはんに久々にコンビニ弁当を買いました☺️野菜たっぷり中華丼。
けいとは、豚バラもやしと枝豆。
その後近くのたいやき屋さんでけいとはじいさんにたいやきを一つ買ってもらっていた。
そして神社へ。
茅の輪をくぐり、じいさんとけいとはお参りもせずに休憩所に行ってたいやき食べてる😵
私はお参りを。
気持ちを伝えて、感謝して。最近はその後何故か必ず、愛しています。
と言葉が出てきます。
神様や仏様。見えない自然霊。ご先祖様。
そういうものを想った後、かならずそれらに対して
愛しています。
と言葉が続きます。
意識せずとも言わずにはいられない感じ。
きっと私の心がそう感じているんでしょうね。
その後は隣の護國神社へ。
私の血の繋がらないひいおじいちゃんがお祀りされているところです。
戦没者の神社です。
ぼんやりと、ひいおばあちゃんのことを思い浮かべると、
キエ
と言葉が聞こえました。
あれ、ひいおばあちゃんの名前、キエさんだったかな?🤔後で確認してみよう。
手を合わせると、心の底から感謝が浮かんできました。
ひいおじいちゃん。あなたが護ったこの土地と命。しっかり受け継がれています。ひ孫の私は今このちに平和に生きています。この土地の皆が、平和の中生きています。
命をかけて護った土地と受け継がれる命。心から感謝します。
この先もこの平和が続くことを祈ります。
ありがとうございます。愛しています。
そう伝えました。
とにかく健やかに。生きます。