全てが終わったあとの、エンドロールと、全てが過ぎ去ったあとの、なんというか、そこだけ、自分だけ時間が切り取られているような、そんな空間の中に飲み込まれたような、ただただ何もない心で、ぼんやりした目で、ただただ周りの流れる景色を見ている。
そんな時が、好きです。
みんなあると思うなその気持ち。
子供の頃に、怖くて悲しくて泣いて泣いて。
でも、泣き尽くしたあとには、なんともいえない癒やしさえ覚える疲労感で、そんな心地のまま眠りに付く寸前の、なんともいえない不思議な安堵感。
あのわずかな時間が、私の最大の癒やしです。
全てがリセットされた時の安堵感。
リセット。
物理的なリセットは。宇宙規模になるほど怖いものですね。
でも、心のリセットは、とても大事なことだと思います。
絵を書いたり、
歌を歌ったり、
自分が生み出すものには、
そういう空気を乗せたいし、
そもそも自分自身も、
そういう全てが終わったあとの、
切り取られた安堵感のような人間になりたい。
全てのものに、
もう大丈夫だよ。
頑張ったね。
うん。
もう全部終わったよ。
もう、大丈夫だよ。
大丈夫。
と、言葉で言わずとも伝えられるような人に、なりたいです。
私が歌を歌っていたときに、曲はほぼ全て相方が作っていました。
その中の一曲が、そんな気持ちになる曲でした。
ライブのときの曲順リスト等は私が決めていました。
その曲は、必ずラストにしていました。
それを歌うときは、私も歌いながら癒やされていました。
この世で生きていくのはやはりとても大変ですね。
でも、必ずみんな平等に、
終わりがやってくるというのは、
救いでもありますね。
天国があるのかどうかは私にはまだわからないけど、命が終わったあとには、人生のカーテンコールがはじまって、そしてこの不思議な安堵感の切り取られた時間の泡の中に入って、空に続く列車なんかに乗っている。
静かに。
静かな心で、ただただ不思議な安堵に包まれている。
そんな場所にみんな還る。
そうであったらどんな命も救われるなぁ😌なぁんて妄想したりします。
本当に人間は、目に見える物体ではあるけれど、それでも自分の中のたくさんの波の中で生きていて、更に周りからの影響の波もたくさん受けて、自分の波と周りの波に混ざり合い、ぶつかり合い、うねりあい、
なんてゆうか、
そういう波の塊が、統計学のようにはじき出されて今可視化された。
みたいなものなのかなと思ったりする。
宇宙空間で粒子やら分子やらがぶつかりあったりまざりあったり結合して惑星が産まれるように、人間もそうやって作られたものの中で統計されてはじき出された結果が、これなんだなと思ったりします。
せっかく物体になったのに、まだまだ波の影響を受けて不安定になる、まだまだ不安定な物体なんだなと、思ったりします。
不安定が、世界の成り立ち。この世の成り立ち。
光に闇に揺れる揺れる。
その不安定は一人一人の心のなかで不安に化けたり希望に化けたり。
そんな世の中だから、私は、全てが終わったあとの、切り取られた安堵感のような人間になりたいです。