手放す
です。
ふーん今の私にはこのキーワードが大切なんだねー。
とか思うと、生活の中で常に手放すということを大切にするようになってきました。
ものもそうだし。
気持ちもそう。
手放す。
数日前、志村けんさんがいなくなってしまいました。この世から。
私は昔から、志村さんと松本人志さんが亡くなるような事があったら生きていけるのだろうか自分、、、
とまで思ったりしていましたので、今でも心に暗い寂しさがあります(;_;)
泣きながら、テレビの中で笑顔の志村さんをみて、
志村さんのDVDが欲しい(;_;)
と思いましたが、思った瞬間上の方に、
ものとして手元に集める必要が本当にあるのか?
みたいな意識がきました。
え、ダメなの?(O_O)
その日から、物にとらわれるということのもう少し深いところが見えやすくなりました。
心が大きくプラスにもマイナスにも動いたとき、何かで埋合せたくなる気持ち。
心が動揺しているから、動揺をおさめたくて起きる気持ち。
その時点で、動揺している自分の心ときちんと向き合えなくなってしまう。のではないか?と、思いました。
一番大切な自分の気持ちを無意識に無理やりおさめようとして、本当に向き合うべきところからずれてしまうような、そんな気がしました。
人が亡くなって泣いているときも、何日も泣いていると、上の方に、
泣くのは違うぞ
と言われました。
寂しくて、悲しくて、そういう気持ちで故人を思うのもだめなんですか?ときくと、、
単語で何個か返事がきましたが、わかりにくいので私なりに解釈すると、
本来人間が死ぬことは悲しいことではない。でも、故人を思って、悲しい、寂しい、悔しい、色々な感情になるのも悪いことじゃない。でも、泣き続けることによって、自分の中の本来の心からはずれてします。
故人を思う涙。ではなく、悲しくて泣く私。になっていく。
それが、あまりよくないこと、だという意識がきました。
自分の中では納得できました。
とにかく、手放すということは、物でも心でも、イコール無くなる。
ではないと、大切な行為なんだと実感しています。
心も、体も、気持ちも、魂も、とにかく、本当の意味での自立が、とても重要なんだと、実感しています。
さぁさぁ。昨日首と後頭部の重だるさが神社で色々あって取れてすっかすかに楽になりましたが、今日もまだ軽いです^ ^
そして、新たに気づきました!昨日すっかすかになる前までは、ずーっと何日もキンキンに張りまくってた首筋。触ってもパンッパンでしたが、昨夜、触ってみると、なんとふわっふわになっていましたよ(O_O)
こんな肉体的にも急におもっきし変化があるんですね(O_O)
びっくりして興奮して、木村にも確認してもらいました(O_O)
気と血の巡りは大切ですね(O_O)
畑仕事しますぽぃーんす