だけど、今日の今日まで、私が祖母のことを祖母以外の何者でもないと思えていたのは、紛れもなく祖母の愛があったからだと、さっき急に頭にぴぴっときました。
血のつながりがないことを知ったのは小学校低学年くらいかな?
それを言われても何も気にならなかったし、言われる前とあとで何かが変わったこともなかった。
それは、祖母が、私が産まれてからずっと、厳しく優しく笑顔で包んでくれていたからなんだと、考えなくてもいい事だけど、その当たり前の事がとても守られている事だったのだと、愛されていると言う事だったのだと、急に頭にぴぴっときました。
やき弁を食べながら、けいとのおもちゃを見た瞬間、ぐわっとそのことが頭と体を駆け巡り、急に涙が出ました。
その祖母は、私が15歳の頃にアルツハイマーを発症し、わずか四年ほどで寝たきりになりました。胃瘻で栄養を送りながら、今年でもぅ14年ほど寝たきりです。一日置きにけいとも連れて病院に行って手を触ったり、口を開いたまま指も曲がり体も縮こまり、時々反射のような反応をするだけの祖母に、祖母の今の気持ちを感じ取りたいと思いを馳せることしかできません。
去年末に祖母の弟さんが亡くなりました。その時、祖母の病院の先生から、いつ何がおきてもいい準備をしていた方がいいですと言われました。
その時、
あ、おばあちゃんは、おじさんが迎えに来て、やっと楽になれるのかな。話ができて、歩けるようになるのかなと、それが私の気持ちでした。
けれどもその後もちなおし、やはりおばあちゃんは、おじいちゃんを待ってるのかと、思うようになりました。
昔からおじいちゃんに常に忠実だった祖母。仕事以外の何から何まで世話をして、尽くしていた姿は私は一生尊敬すると思います。
当時大工の棟梁だった祖父は、弟子を10人以上かかえ、毎日弟子たちの食事も用意し、それでも全てを完璧に、そして丁寧にこなしていた祖母。愚痴も弱音も吐かず、いつも笑顔で、はいはいと祖父の世話を焼き、私の母を育て、孫を育て、厳しく、優しく、細くて、小さくて、ささやかだけれど強い、そんなイメージです。
ずっと尽くされてきた祖父は、祖母がアルツハイマーになり施設に入った途端、毎日毎日病院に通い、今までした事もない、祖母にご飯を食べさせたり、耳掃除はな掃除、反応のない祖母に大きな声で耳元で何度も名前を呼び、話しかけていました。
そんな祖父も去年から病院に入り、お互い会わなくなってはいますが、きっと何かお互いに感じるものがあるんじゃないかと、そんな気になってしまいます。
あれだけ尽くした祖母と、祖母の病気後自分が動けなくなるまで祖母に寄り添い毎日気にしていた祖父なので、どちらかが逝ってしまったら、すぐに残された方もいくのかなと、そう思っています。お互いがお互いを心配して気にしているような、そんな風に見えます。
祖母の病院で今日、もぅ呼吸も弱く、尿も出ずが続いていて、覚悟しておいて下さいねとまた先生からお話があったようです。
寂しい気持ちや悲しい気持ちももちろん強いですが、おばあちゃん、やっと、やっとやっとやっと、病院のベットから解放されるね。おじいちゃんのとこに行けるね。長かったね。頑張ったね。やっと、自由になれるよ。ありがとう。ありがとう。
とゆう気持ちが一番強いです。