ですね。
今年は災難が多かったからお祓いにでもいくかと先月父親が言っていた。
まぁ。そうだなぁ。直接関係はないけど色々あった年ではあったなぁ。
とか思っていたのですが、今月に入り木村にばたばたと災難が降りかかりました。
大雪のあの日、深夜に車が埋まって大変だった日から続けざまに店のトラブル。
色々ストレスを溜め込み、最近は顔の筋肉を上手く動かせ無くなるほど精神的ダメージをくらい、ついに今日、救急車で運ばれて入院しました…
可哀想に(;_;)
いつも大抵の事は一人で平気とゆう木村。
持病のせいで激痛とゆうものには結構な免疫のある木村。
その木村が、けいとが泣いていても、けいとのところに言ってもいいよと言わないくらいの激痛が、彼の腰を襲いました。
日曜なのでしっかりした診察はしてくれず、MRIの結果では急性腰痛とゆう事に。
私は去年妊娠中にぎっくり腰をしましたが、とにかく痛みでぴくりとも動けない状態が一日。けれども一日で大体良くなりました。
木村もそうだろうと、仕事には今日は無理だと伝えるように言って、安静にしていなさいと寝かせていたのですが、みるみる痛みが増して、全く動いてないにも関わらず冷や汗をかきながら震えるほど痛みに耐え、彼の口からは絶対出てこないだろう、
救急車呼んで…
の言葉(@_@)
きっと相当なんだとすぐに救急車を呼び、どうにかこうにか車まで運んで頂き、少しの揺れでも激痛らしく、普段血圧も体温も低めの彼が、普段からは信じられない血圧と体温の数値をたたき出していました。
病院について、MRIを撮り終わり、最初の痛み止めの注射をしてもらったのが、痛み出してから8時間後…
しかもその痛み止め、全く効かず、更に痛みが悪化して、とりあえず入院になりました。それでも先生がくるまでは痛み止め使えないようで、いつくるのかわからない先生を待ちながらまだまだ激痛に耐える事三時間(;_;)
ついにどうしようもなくなり、私は看護師さんを呼びにいき、どうにかならないのかと(;_;)
ボルタレンの座薬を持ってきてくれたものの、木村の持病はボルタレン禁止なので、またどうしようこうしようといなくなる看護師さん>_<
ロキソニンならいいかなと部屋を出ていき一向に戻らず、一時間ほどたってもぅ本当に本当に激痛でおかしくなってしまうと、ボルタレンの座薬でもなんでもいいから痛みを止めてー>_<とゆう事でやっと座薬入れて貰えました。
そして夕方にやっとやっと痛みが少し和らいで、上がっていた熱も、微熱までおさまりました。
それでも痛みはあり、立ち上がる事は一切出来ず…(;_;)
けれども痛みが少し和らいで表情もやっと少し穏やかになってほっとしたぁ>_<
そして結局今日は先生きませんでした…
まぢかぃ…
本人もやっとほっとしたので、夕食後に私は帰宅しました。
二世帯でよかった。
けいとは私の両親と妹がなんやかんやとみていてくれました。
一度授乳で病院に連れてきてくれたけど、一緒に帰宅して私はすぐに入院準備して病院に向かいました。
こんなにけいとに会えない日ははじめて。
夜の七時過ぎにやっと帰宅できて、てうがいしてけいとの前に顔出した瞬間、凄く笑い出したけいと、更に笑ってすぐに今度は大泣きしだしたけいと(;_;)
けいと、こんなに小さいのに、まだまだ赤ちゃんなのに、私がいなくて沢山我慢してたんだね(;_;)
お利口にして、小さいながらに気を張ってたんだね(;_;)
私の顔を見て笑って大泣きしだすとか、私も少しだけ泣いてしまった(;_;)
沢山抱っこして、お風呂も今日はいつも以上に私の顔を見る度に声出して笑ってた(;_;)
けいとごめんね。ありがとう。
けいとも木村もとても大切だよ。
そして朝から何も食べていなかった私。それも七時に帰宅してから気付いたので、お腹は空いてないんだけど明日のけいとのパイのために何かと食べました。
木村もけいとも本当に大変な一日だったね(;_;)
けいとをみてくれていた両親と妹もとても疲れたと思う。
今年の災難は今年のうちに。
元旦から切り替えていきましょう!
さぁ。明日も色々忙しそうなのでそろそろ寝ます。
おやぽぃ(・ω・)ノ