わたしは父親が
好きではないのよ。

なんだか暗くて変人。
賢い人だし、外ではやさしい人みたいな扱いみたいで尊敬もされているっぽい。

母とは仲はよいし
母も明治生まれの両親から引き継いだ
父親を立てる精神があるので
ぴったり寄り添ってますがな。


連休中に父が戦後のことを特集したテレビ番組が流れていたのをきっかけに話しだす。

戦争時の引き揚げ体験。
中国側の恨みの気持ち。
日本国のしてきた酷さーそれは、日本国兵士に対してやもちろん中国にしてきたこと。

体験者だからね、そうでないと言えないこともあるでしょう。
でも、わたしは、
その、人を引き込むような暗さ、陰湿さに
嫌気がさした。

まるで克服できないトラウマの渦のなかで
もがいて、そして他人を引き込もうとするだけの
ひどい人にしか見えなかった。

あー、だからわたしは幼い頃から
本能的に父が嫌いなんだと
やっと
感情部分で揺さぶられずに
距離をおいて
分析し
父をひとりの他人として観察することができた。

どうしてもね、両親のマインドって
影響うけるからね、幼少期は。
だから
息苦しかったんだと今ならわかる。うん。


そして
わたしだったらと考えたら
せめて、まわりや次世代にはこのダークさを伝播させないように
そのためなら自分のこのトラウマを
他人に迷惑かけないようにしたいから
どーにかしよう、と
食い止めや昇華、昇天、成仏、浄化
どんな表現単語があたるかは
捉え方や思想によるのもと思うけども
前向きにもがくだろう。

それができるのは、平和、豊かだからだよと
いえるでしょうが。

父は、
それさえもできない戦後の貧困さの道も歩いてきた。若者時代に遊んでもいないと言っていたよ。


でも
しょせん、兄妹だくさんに囲まれた末っ子じゃないかとわたしは少し冷やか。

せめてね
父のダークな感情にこれ以上は巻き込まれない位置で
冷たい家族かもだけども
冷やかに過剰な依存やかかわりはしないところで
付き合っていきたいなと思うのですよ。

うーん、やっぱ父コンプレックスというのかな、これ。


でも
わたしの中の一部、あーこれが影響していたのかと
その連休中の会話で
発見したところがあったんだよね。

アホくさっと捨ててしまえる部分でした。

どことなく
わたしがいつも躓いてしまう他人とのトラブルを起こしてしまう根源部分かもと感じることができたから。

すっきりと刷新できる能力もないけども
まずは、気づきからということで
それは出来たんじゃないかな
といった今年の連休でした。