大量の鯉のぼり🎏が泳いでいる河原に行きました。
鮎の稚魚を配布してくれる列に
並んでいると。


少し下流のところで
BBQをしたり、皆でワイワイと遊んでいた
比較的若い、そして、とっぽい集団が
きっと楽しい気分になったのでしょう。

車高のあるRV車で浅めの川岸に前進したのでした。
河原の石があるので
車は、がたごとと揺れます。
両サイドのドアにしがみついている人は
なかなかのスリリング。

また、陸に戻ると今度は運転手が代わって
またトライしてます。

もちろん、周囲に人がいないところで走らせてますし
だれも危険にはさらしていません。

クロカン車って、あれやりたくなるよね~。
楽しそうね。

と私はニヤニヤしながら眺めていました。

けど
後ろから
幼児くらいの孫を連れたばぁば世代の方が孫に話しています。

ほんとはねー
あんなことは
しちゃいけないのよー。

みんなで
楽しく過ごさないとねー。


わたしは
なんでぇ?っとその聞こえてきた語りに
窮屈さを覚え
シラケてしまいましたな。


もちろん、価値観は千差万別。

いいんですよ、そのご意見もね。

でもね
河原で
目立つことしないように
お静かに
冒険もしないで
周りの温度に合わせて
そして楽しむのがこの国のBBQだと
いうのだとしたら
それは
つまらないなと思うのがわたしでした。

村意識といいますか。
鎖国精神といいますか。

ネット炎上を観察しても
少し、そんなところがありますね。

主張するときに顔出しをしなくていいのですから
周りの温度に合わせて
なんとなく、承認されている、常識とやらと比較して
ふつう、それしなくない?
おかしくない?どーかしてる!

と、はみ出した部分に強烈な排除する力をぶつけてきます。
ぶつけると言ったって
自分の正面からは投げてこない、というあれよ。


顔の見えない、発信者が不明の批判って
とても、攻撃力や破壊力がありますね。


想像力を働かせて
この力は少し強すぎるな、とか思わなくてはねぇ。


えーと。
なんの話からの波及だっけ?



目の前の出来事には
自分自身がどう思うかを大切に、の話しとしましょう。