今日は
《仕事仲間の突然の訃報に
呆気にとられています。》
音訳の仕事仲間の
突然の訃報を受けました。
元々病を患ってはいたけど
治療を超えて
普通に生活していて
なんなら今月はじめの
録音作業もこなしたと言うから
急な事だったのではと
勝手ながら想像しつつ
改めて
逝ってしまった彼女に
思いを馳せます。
もし本当に急だったのなら
よく言えば
苦しむ時間が短かったかもしれない。
でも彼女のことだから
耐え忍んでいたのかもしれない。
わかりません。
月初の作業で録音した
彼女の声が
来月には形になるので
もうこの世に存在しない人の声を
聞く事になります。
このタイミングでは
非常に複雑です。
今年3月の朗読会では
私と組んで北村薫の作品を
舞台で読みました。
ちょっと前まで
元気でいたんだけどなあ。
優しい人だったから
早かったのかな。
優しい人だったから
病気を受け入れたのかな。
人の存在とは
こんなにもあっけないのか。
LINE繋がってるから
連絡してみようかとも
思ってしまった。
今まで出会ってきた
人とのお別れの中で
一番不思議というか
なんか時間軸が歪ませられてる
感じがします。
だから
顔を見ないと分からない。
存在を確認しないと
納得できなさそうです。
ただただ、
人は居てなんぼ
そこにいる事、
存在することが全て。
居てくれる
それだけでいいのだと
改めて思います。
同世代の予期せぬお別れを
目の当たりにした今年のお盆。