今日は

《充実時間 

園児のお迎えボランティア》

 

 

 

50歳を過ぎても

こんなこと言ってるの

笑っちゃうかもしれないけれど

 

 

私がお迎えボランティアを

している理由は

 

 

 

子どもが好きなこと

子どもと居るのが楽しいこと

 

 

 

それだけの理由で始めました。

 

 

 

対象のお子さんは

団体からの要請を受けて行うので

こちらでは選べません。

 

 

年齢は乳幼児~小学生まで。

 

 

6か月のお子さんと

自宅でお留守番したり

 

 

小学3年生を

世田谷方面まで送り届けたり

 

 

色々な子と

色々な時間を過ごす中で

 

 

私は

子どもの頃の自分に会いたいのかな

 

 

そんな風に思った事がありました。

 

 

 


プロフィールにもありますが

 

 

4歳の時の父親の他界によって

ちょっとだけ愛に欠けた家族の中で

育ったせいか

 

 

幼少期の私には

楽しい記憶があまりないんですね。

 

 

なんとなーく寂しかった

そんな感覚だけしかないんです。

 

 

 

だから

自分がどういう気持ちでいたのか

何かヒントを得たい、

 

 

そんな思いでいる様です。

 

 

 

いま、4歳の女の子のお迎えを

しています。

 

 

 

週に2回、保育園にお迎えに行って

自宅まで送り届けます。

 

 

その数十分の中で

 

 

彼女が発する

たくさんの

仕草や言葉に触れることで

 

 

「私にもこういう気持ちがあったんだな」

 

 

と納得―というのかな、

 

 

なんかあの時の自分に

会えてるような気がして

 

 

私には

愛情のリハビリになっています。

 

 

なかなか効果的よ(笑)

 

 

 

たとえばある日、

 

 

帰りしなだっこを要求されたので

応えたら

 

 

満面の笑みの彼女とは逆に

私は泣けてしまった。

 

 

 

自分でもびっくり。

 

 

 

彼女の、

子どもの気持ちが分かることで

 

 

自分も同じ気持ちを持ってたって

解ったんですよね。

 

 

”私もこうして欲しかったんだな”

”甘えたかったんだな”

 

 

そう、そういう感じ。

 

 

 

この症状は数回続いて落ち着いたので

癒されたのでしょう。

 

 

 

確かに

もう50歳を過ぎてる人間が

幼少の自分を癒そうとしているなんて

 

 

キモチ悪いと思うかもしれないけど

 

 

自分に欠けているところが

あると思うなら

 

 

それが何故なのか

 

 

自分の中を見ようとする努力は

したっていいよね。

 

 

知るのが怖くて逃げるより。

 

 

 

そういうことです、

私がこれをしている理由は。

 

 

 

同世代でもそうでなくても

 

 

私みたいな気持ちのカケラがある人

沢山いると思う。

 

 

それをほったらかしにしないでね。

 

 

その寂しさのかけらを

恋人やダンナや子どもで

埋めようとしないで。

 

 

そういう面があるから

 

 

思い通りに行かなくて

 

 

相手を責めてたり

 

手を出しちゃったり

 

他の人で埋めようとしたり

するんじゃないかな。

 

 

 

それしてったら

終わらないからね。

 

 

(全部ない人間が

そんなこと言って申し訳ない)

 

 

だからといって

自分を完璧に立て直そうとまで

しなくたってよくて。

 

 

渦中の当人が言うのもナンだけど

”あぁ、自分ってそうなのね”

ってわかるだけでも充分なのよ。

 

 

一回見つけて

それに蓋をしなければ

成長につながる。

 

 

 

50歳って言ったけど

人生100年時代だとすれば

まだ半分あるからね。

 

 

人生死ぬまで成長だから

ザンネンだけど泣き笑い

 

 

 

自分の荷物を

自分のでリュックで背負い始めた

4歳児の

 

 

めいっぱい誇らしげな顔とか

 

 

見つめる事ができるだけで

もうけもんよ。

 

 

 

そんな時間を持ててるのは

ありがたいこと。

 

 

いつまで続けるか、

これも流れに任せながら

 

 

ゆるっと楽しく

過ごしています。

 

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