重ねて起こった出来事を

単に「ヤなこと」だったと思うだけで

あとは忘れて終わらせる。

 

 

 

 

…っていうのは如何なものか。

 

 

 

 

これは月曜日の話。

 

 

 

仕事前、

流していた動画で

部屋の模様替えを急かされた気がして

急に動きだしたら

 

 

 

玄関で足を踏み外して

そこにあったワゴンの天板に

顎の裏を打ちました。

 

 

 

折れてもないし傷もないけど

痛いのと情けないので

ダイ子ちゃんに泣きついてみるも

なんかそっけないのがまた哀しくなって

いじいじと時が過ぎて―。

 

 

 

 

夕方は飲み屋仕事。

 

 

 

殻付き牡蠣を処理してたら手が滑り

包丁の刃先が親指に「サクッ!」

 

 

 

もはや私の気分はズンドコ。

立て続けに痛い思いしたら

不機嫌にだってならぁな。

 

 

 

 

でもそこで気づいた。

 

 

 

 

あぁ。

 

 

 

アタシ、疲れとる。

 

 

 

そうだよ、疲れてるんだよ。

確かに疲れてるよ。

 

 

 

淡々と時を過ごしているつもりでいたけど

いや違うぞと。

 

 

 

 

まわりにやんや言われながら

ひとりで引越し、頑張ったね。

 

 

 

作業しながら

ダイ子ちゃんの様子に

ヤキモキしつつ、

声もやって

飲み屋もやって

 

 

―あぁ、聞こえてきた、

「そんなの当たり前でしょ」

 

 

 

 

確かにそうかもしれまへん。

 

 

 

でも私の場合、

その辺ちょっと弱いんです。

 

 

 

人より容量少なめで

外敵影響受けやすいんです。

 

 

 

だからお勤めしてた時、

自分のキャパに気づかず

「しんどいのが当たり前」でやってたら

 

 

 

いつしか「肩の力を抜け」と言われる様な

ちょっと力んだ女子になっていました。

 

 

 

その一方、

「自分大嫌い」と声高に叫ぶような

ちょっと面倒臭い人で

 

 

 

虚勢張って

「いい先輩にならなきゃ」

「いい社員にならなきゃ」って。

 

 

 

 

でも、そう思ってるくせに
 
 
 
 
仕事が続かないのぉ~笑い泣き

 

 

 

 

 

…そりゃ当然だよね。

 

 

 

 

自分の寂しさを認めようとしていない。

ホントは自分が認めてあげなきゃなのに

それを知らないから

周りにそれを求めてる。

 

 

 

俗に言う『承認欲求』。

 

 

 

そうなっちゃうと

不倫したり

DVに遭ったり

適応障害になったり

 

色んな弊害が起こってきます。

 

 

 

 

今では自分が嫌な環境に居ると

頭痛がするようになりました。

 

 

 

正直な体を感じられる自分を

ありがたく思います。

 

 

 

 

 

とにかく、

 

頑張りすぎて

忙しい事に慣れちゃって

本当の自分を忘れてしまってる人、

少なくないと思います。

 

 

 

若い世代は勿論のこと、

ワタシ世代でもそういう人が

結構いるってのも最近知りました。

 

 

 

 

自分の心と身体が

連動しないで生きてたら

疲れるのは当然。

 

 

 

「何かがおかしい」

そう感じたら

自分を見てあげて下さい。

 

 

 

疲れてる

寂しい

怒ってる→は、寂しさから来ます。

 

 

 

(多分、全て“寂しさ”が元凶なんだよね…)

 

 

 

そんなわけで

自分の状態を認めた私は

疲れた体をなだめつつ

 

 

 

昨日の休みは午前中から

たっぷり昼寝して、

午後は久々のある場所へ行って

体を緩めてきました♪

 

 

 


でも

 

顎の真下で何気にやる頬杖が

未だに痛いよ。