🐣短所を長所に変えるビックリマーク という言葉は、履歴書を記入したり面接を受けたりする際に使う「言い換え表現」ですね。つまり、外見では分かり難い内面的にデメリットな部分を、マイルドな表現に換えてアピールするものかと思うのです。

🐣また、接客の際にも使われる婉曲表現でもありますね。スレンダー(Slender)なお客様には「ほかのサイズもご覧になられますか?」といった表現なのが、オーバーウェイト(overweight)なお客様には「ほかのサイズも・・・・・・」とは言わずに「いかがですかはてなマーク」という表現に留めて、相手の出方を待つ。

🐣ならば、劣等感を優越感に換えて表現することは可能かはてなマーク と考えてみたのですが、性格や好みなどの内面的な部分はともかく、外見的あるいは体質的な部分は難しいですよね。

🐣それと、本人が気付いていない場合もあって、気づいた時には深刻なコンプレックスもやもやになったりトラウマになるケースだってあり得ますから、そこにも配慮しておくことも必要です。

🐣ことわざに、「無くて七癖」や、「難なくして七癖」、「人に七癖我が身に八癖」といった表現があるように、人それぞれに癖や欠点を抱えているのですね。

🐣また、蓼食う虫も好き好き ・ 百人百様 ・ 十人十色 ・ 人それぞれ ・ その人次第 ・ 各人各様 ・ 三者三様 ・ 千差万別といった言葉があるように、自分ファーストなモノサシ📐で判断することを戒める言葉もあります。



🐣ところで、「不寛容社会」ということが言われ出したのは、21世紀に入ってからのようです。(参照:「不寛容化する日本」)それを知って、今の空気を生み出したは、戦後民主主義の下で育った「団塊世代」と、それ以降の昭和世代だよね!って思うのです

🐣「多数決」という絶対的ルールが浸透し、数の力による戦後全体主義が育った時代。赤信号みんなで渡れば怖くない」というビートたけしさんのギャグも戦後全体主義を象徴する言葉でした。

🐣戦後世代が育ってきた時代の空気がリサイクル培養され、「不寛容な「全体主義」へと変貌し、今頃になって息苦しさを感じるようになったのだと気付いたのです。

🐣私の場合は戦後全体主義から振り落とされた「負け組」で、そこで悪足掻きすることにも限界が来て、結果的にドロップアウトしました。元の家族にも親族にも迷惑をかけ、今に至る次第です。

🐣この先、どのくらい生きられるのかは分かりませんが、少しだけでも爪痕や足跡を残しておきたいという気持ちです。それで、これからの仕事について考え、目指す方向をSNSやブログのタイトルに書き入れました。



🐣いまになって思えば、自分のコンプレックスも解消できなかったこと後悔してもしきれません。それで迷惑をお掛けしたことを反省しても足りないでしょう。本当にごめんなさい。

🐣この記事のタイトルにした「人生を損しちゃったなぁ~↷」という気持ちを撥ね返すために、この記事を書きました。アタマとカラダに無理を掛けずに、爪痕と足跡を残してまいります。