ちょっとツイテナイみたいで、元旦からインフルエンザにかかってしまった。
`先生´のいる病院に行く理由はそういえばこういう突発的な事でしかないのも解って、高熱と横になっても痛くて寝れない関節痛の中でもボーッとそんな事考え、お正月で居るはずもないけれど見渡す院内。
きっとそれは具合が悪いからで、でも私の支えだったからしょうがないのかも知れない。
`先生´が主治医になってから半年はまともに話出来なかった。私は紙に症状書いて渡していた。それを受け取ってカルテに貼り付けて、『今回も変わらず同じ処方で』って言って終わるのが当たり前だった。会話はゼロに等しい。本来そういうスタンスの先生なのかな?って思い始めた頃、急に、本当に急に景色が変わった。
その時何があったかは憶えていない。けれど、`先生´が話して私が笑ったら`先生´が笑い返して、はじめて面と向かって見た笑顔がとてもとても綺麗で、3月の青空と溶けて一瞬で『好きだな』と感じた。
正直その気持ちは一過性のものだって思ってた。大学で専攻ではなく保育士の資格を取りたくて、心理学を少しだけ勉強していた。その時、カウンセラーに好意を寄せてしまう患者っていう話を聞いた憶えがあって、私もそれに近い感情なのだと思ってた。
だから好きだと感じても『違う』と『一時的なもの』だと言い聞かせていた。そのうち移り気な性格だから忘れるだろうって。
『好き』と自覚しながらその気持ち打ち消しながらも、それから症状を紙に書いて渡すということを徐々に減らしていった。余程具合が悪くなければ自分の言葉で伝えるようにした。
けれどその年の夏、リストカットが止まらなくなった。常にカッターを持っていないと落ち着けない日が続き、再び死にたいと思うようになった。その状態を見て入院することになった。
入院中はひたすらボーッとしてて、病室から出るのはシャワーとトイレ位で2週間くらい病室にこもっていた。3週間経ったある日、病室をちらちら覗く男の子が居た。
誰とも話したくなかったけれど、不思議とその男の子とは『話してみたい』と思えた。
個室のドア空けて「お話する?」って聞いたら「勝手に入っちゃだめなんだよ」と彼は言った。
そして、互いの部屋に入るのは禁止されているから、病棟のベンチに座って話をした。
話してすぐ解ったのは凄く純粋で優しい子だということ。
他愛ない話をしていたけど、彼の病状は見ていて悲しかった。でも、まだ若い彼が頑張ってるのを『可哀想』って思っちゃ駄目だと思った。自分が苦しいのに私のリストカットした腕を握って「もう切っちゃ駄目だからね?家族も心配するでしょう?約束だからね」って指切りしたの憶えてる。
とても強い子だとも思った。そして自分がどれだけ弱いかも解った。
あの指切りからもうリストカットする事は無くなった。したくても我慢すること知った。
不思議なことに『精神科』と言うけれど、聞こえは良くないけれど、私は入院中『天使』に出逢ったと思った。今の私があるのも天使のような少年のおかげだと。
そして沢山`先生´と話した。忙しいのに泣き止むまで、話終わるまでずっと聞いていてくれた。「うん」と相づちをうちながら、ひたすら聞いてくれた。
多分入院したことで話す機会も増え、私は`先生´の事も少しだけ解った。少し不器用で、凄く恥ずかしがりで真面目過ぎる位大真面目で厳しいぶん、倍に優しいとこ。
私の疑問に沢山考えて出た答えは「焦らなくていい」だった。年齢が年齢だから、将来に焦りと不安があった。でもその一言で全部吹き飛んだような、そんな言い回しだった。
これからもずっと宝物の言葉ひとつ。『焦らなくていい』
今、たまに仕事で参っちゃう時、『焦らなくていい』って言い聞かせてる。そうすると不思議と『大丈夫』になる。
ねえ先生?本当に不思議なんだよ?
今は仕事が楽しくて仕方ない。誰かと関わり合うことも。
`先生´が主治医になった2年半前よりだいぶ私変わったよ?
ねえ先生?今なら解ります。あの時の『好き』は本物で一目惚れだったんです。
だってそれはお医者さんじゃなくて人としてだから。
`先生´が笑えば私も笑うっていうとても簡単なことだもの。
はじめて笑った時のこと、二年くらい前なのに未だ鮮明です。
`先生´のいる病院に行く理由はそういえばこういう突発的な事でしかないのも解って、高熱と横になっても痛くて寝れない関節痛の中でもボーッとそんな事考え、お正月で居るはずもないけれど見渡す院内。
きっとそれは具合が悪いからで、でも私の支えだったからしょうがないのかも知れない。
`先生´が主治医になってから半年はまともに話出来なかった。私は紙に症状書いて渡していた。それを受け取ってカルテに貼り付けて、『今回も変わらず同じ処方で』って言って終わるのが当たり前だった。会話はゼロに等しい。本来そういうスタンスの先生なのかな?って思い始めた頃、急に、本当に急に景色が変わった。
その時何があったかは憶えていない。けれど、`先生´が話して私が笑ったら`先生´が笑い返して、はじめて面と向かって見た笑顔がとてもとても綺麗で、3月の青空と溶けて一瞬で『好きだな』と感じた。
正直その気持ちは一過性のものだって思ってた。大学で専攻ではなく保育士の資格を取りたくて、心理学を少しだけ勉強していた。その時、カウンセラーに好意を寄せてしまう患者っていう話を聞いた憶えがあって、私もそれに近い感情なのだと思ってた。
だから好きだと感じても『違う』と『一時的なもの』だと言い聞かせていた。そのうち移り気な性格だから忘れるだろうって。
『好き』と自覚しながらその気持ち打ち消しながらも、それから症状を紙に書いて渡すということを徐々に減らしていった。余程具合が悪くなければ自分の言葉で伝えるようにした。
けれどその年の夏、リストカットが止まらなくなった。常にカッターを持っていないと落ち着けない日が続き、再び死にたいと思うようになった。その状態を見て入院することになった。
入院中はひたすらボーッとしてて、病室から出るのはシャワーとトイレ位で2週間くらい病室にこもっていた。3週間経ったある日、病室をちらちら覗く男の子が居た。
誰とも話したくなかったけれど、不思議とその男の子とは『話してみたい』と思えた。
個室のドア空けて「お話する?」って聞いたら「勝手に入っちゃだめなんだよ」と彼は言った。
そして、互いの部屋に入るのは禁止されているから、病棟のベンチに座って話をした。
話してすぐ解ったのは凄く純粋で優しい子だということ。
他愛ない話をしていたけど、彼の病状は見ていて悲しかった。でも、まだ若い彼が頑張ってるのを『可哀想』って思っちゃ駄目だと思った。自分が苦しいのに私のリストカットした腕を握って「もう切っちゃ駄目だからね?家族も心配するでしょう?約束だからね」って指切りしたの憶えてる。
とても強い子だとも思った。そして自分がどれだけ弱いかも解った。
あの指切りからもうリストカットする事は無くなった。したくても我慢すること知った。
不思議なことに『精神科』と言うけれど、聞こえは良くないけれど、私は入院中『天使』に出逢ったと思った。今の私があるのも天使のような少年のおかげだと。
そして沢山`先生´と話した。忙しいのに泣き止むまで、話終わるまでずっと聞いていてくれた。「うん」と相づちをうちながら、ひたすら聞いてくれた。
多分入院したことで話す機会も増え、私は`先生´の事も少しだけ解った。少し不器用で、凄く恥ずかしがりで真面目過ぎる位大真面目で厳しいぶん、倍に優しいとこ。
私の疑問に沢山考えて出た答えは「焦らなくていい」だった。年齢が年齢だから、将来に焦りと不安があった。でもその一言で全部吹き飛んだような、そんな言い回しだった。
これからもずっと宝物の言葉ひとつ。『焦らなくていい』
今、たまに仕事で参っちゃう時、『焦らなくていい』って言い聞かせてる。そうすると不思議と『大丈夫』になる。
ねえ先生?本当に不思議なんだよ?
今は仕事が楽しくて仕方ない。誰かと関わり合うことも。
`先生´が主治医になった2年半前よりだいぶ私変わったよ?
ねえ先生?今なら解ります。あの時の『好き』は本物で一目惚れだったんです。
だってそれはお医者さんじゃなくて人としてだから。
`先生´が笑えば私も笑うっていうとても簡単なことだもの。
はじめて笑った時のこと、二年くらい前なのに未だ鮮明です。