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JTKの映画レビュー

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三島由紀夫曰く「映画は不思議な芸術で、私の場合、文学の中では決して人前に出すことのない、私の中にある滑稽さ、哀れさ、臆病さなどの秘密を白日の下に曝らしてしまいました」「この映画が、いわばフィルムによって書かれた私自身の私小説」とのこと。

三島が「三島」であることに驚くほど自覚的なのと、やはりボンボン育ち故の素直さが滲み出ていて好感持てた。もともと好きだけど。


この映画に写る筋肉の鎧を纏ったはいえ弱々しさは隠しきれない華奢な小男、三島由紀夫は本人の自覚通り滑稽だ。

「薔薇刑」とかの単体の写真集では気付かなかったが、周囲が船越英二とか平均的日本男子と並ぶと尚更際立つ貧弱さ。皮ジャンがブカブカで一層貧相。なのにやたら裸になりたがる。

若尾文子を背後から抱きしめるシーンでは、大ファンの若尾が相手であるせいか女性が不得手なのか、力強く抱きしめるはずの三島の腕と若尾の体の間に隙間が。遠慮してる。


腑に落ちることばかり。

さらに立体的に深まる三島由紀夫像


で、映画としては。

ここんとこ増村保造監督作品を立て続けに観てるので、この監督ならさほど酷いものは創りようがないと予想してたが、調べてみたら三島由紀夫をしごきにしごきぬいたみたいで、また、石原裕次郎を想定して書かれた脚本も三島由紀夫のイメージとスキルに合わせて書き換えられてて、それなりというよりちゃんとした作品になっていた。

三島由紀夫ファンとしてもホント観て良かったわ。




2012年作品。wikiで調べたら最後の作品になってたんで遺作かも。
ジャンヌ・モロー観るだけで価値があるというか。フランス映画が最も輝いていた時期の名監督が演出した傑作の数々。「死刑台のエレベーター」「突然炎のごとく」「鬼火」「黒衣の花嫁」等々。ちと毛色は違うが「バルスーズ」ってのもあったな。
その当時の多くの作品に共通するのは「自分を持っている大人の女性」みたいなイメージか。
今作もそんなイメージのまま年老いて偏屈になったエストニア出身の女性フリーダを演じる。
かつての愛人ステファンが孤独なフリーダを見かねて雇った家政婦アンヌとの心の交流を淡々と描く。
ラストはフランス映画にありがちなほろ苦いものではなくハートウォームなものになっていた。
邦題の酷さに目をつぶればなかなかの佳作でした。

前作も観たがさっぱり忘れていて自分の映画ブログを確認したら酷評しとった。渡辺謙演じる芹沢博士の"やったぞ、ゴジラ"みたいな表情観たら一気に醒めた、とか言って。

観るかどうか迷っていたがゴジラ・キングギドラ・モスラ・ラドンってことになるとアタシの中に少しだけ残っている童心が踊るわけで、特に期待もせずに観に行ってきた。

そしたら始まって10分も経たんとこで、渡辺謙の口から「友好的な怪獣かもしれない」「共生」とかのセリフが出た途端、サーっと醒めた。またしても醒めた。一回醒めたらもう戻らない。おしまい。

「友好的な怪獣」だと?

犬ですら他人噛んだら保健所連れてかれるかもしれんのに、一歩歩いただけで何人も死ぬかも知れん怪獣に「友好」だと?さらに言うに事欠いて「共生」とな。バカも休み休みに言ってちょ。怪獣だぞ。

どんなつまらん映画でも途中退場せずに最後まで観ることにしてるんで、あとは我慢の2時間。わちゃわちゃと目に写っとったが。集中して観てないのでアレだが、なんやら人間の行動原理というか動機がさっぱりわからんわね。理由もわからず無駄に死ぬし。最後の方「ゴジラが味方で良かった」とかセリフがあったが、脱力したカラダからさらに力抜けたわ。

戦う理由だの味方の理由だの命捨ててまでのヒロイズムの理由だの、諸々その辺の説得力となるべき話の組み立て方がハチャメチャで映画になってない。

もうね、怪獣同士戦わせるならちゃんと考えてもらわんと、話を。

ちょい前に観た「地球最大の決戦」の方が余程楽しめた。着ぐるみの宇宙怪獣キングギドラを倒すために、ザ・ピーナッツの小美人がモスラの幼虫に「ゴジラとラドンを説得して!」と頼むのな。着ぐるみのゴジラとラドンは「いつもおいら達を虐めるのに、人間ども勝手なこと言いやがって」とか最初は拒むんだけど、モスラの交渉が巧いのか結託して戦うわ必死に。こっちの方が伝わったけどね、着ぐるみなのに。着ぐるみだからか、わからんが。

いらんことに伊福部昭のメロディ使いおってからに。伊福部昭の曲がこんなに虚しく響いたのは初めてだわ。

石原さとみ以外は文句なしの傑作「シン・ゴジラ」でも観て口直ししなかん。


食わず嫌いでもなく、たまたま見る機会がなかった増村保造監督作品初鑑賞。
めっちゃいいわ。特にいいのは偏執狂的にスタイリッシュな絵作り。衣装から女優さんの顔の配置から諸々病的までに拘り抜いた色彩と構図。
変態ですね。
いや、素晴らしい。
さらに、谷崎潤一郎原作のせいなのか、まーエロいエロい。
危険なほど美麗な若尾文子の乳首見せるわけでもお尻の割れ目すら見せない裸が裸以上にエロい。見せない故に逆に匂い立つ濃厚なエロさ。
襖越しに聞こえる衣摺れの音。
あー、エロい。
岸田"ムーミン"今日子、船越英二、川津祐介のキャスティングも見事で。不穏なクラシカルな音楽も抜群。
ルイス・ブニュエルとかの系譜の変態監督だわ。これ一本しか観とらんのでまだわからんが。
モダンな。日本的ではないというかヨーロッパ映画みたいな感触。凄く気に入った。
他の作品が俄然楽しみになってきた。

で『青空娘』も観たんだが、ルイス・ブニュエルとかの系譜とか思ったのは、やはり谷崎原作「卍」だったからのようだ。それぞれテイストは違う。
「青空娘」というだけあって若尾文子がポジティブで元気いっぱいの娘役を演じる。凄く魅力的。
やはりこの作品も絵創りの見事さは半端なく小気味好い脚本の良さと相まって「卍」とは感触は違うものの見事な感動作だった。

増村保造。
理想的な「映画」を創る人。
遅ればせながら、黒澤明、北野武、小津安二郎、溝口健二などと並ぶ日本の宝だと確信。

※ネタバレ注意

映画観るまでは可能な限り何も知りたくないので、猟奇殺人ってことと、何を間違えたかシャロン・テートに関する作品(観たらシャロン・テート事件とは関係なかった)ってことくらいしか知らんかったわけだが。
「セブン」とか「羊たちの沈黙」がまっとうなシリアルキラー映画だとすると、流石鬼才ラース・フォン・トリアー。絶妙な狂い方してて、やはり好きだわー、この感覚。
殺戮シーンはカンヌで途中退場した人が続出したのも頷けるほど限りなく残酷でエグい。だから観る人を選ぶというか、この感覚がマッチしないと胸糞悪いだけの作品になってしまうかもしれんが、わしは幾度かクスッと笑ってしまった。それも普通だったら目を背ける最も反モラルなとこで。
まっとうなシリアルキラーものでは笑えないところを笑わしてしまうとこがトリアー監督の鬼才たる所以。やはり変態だわ。
音楽も使い方もバツグンで、ボウイの「Fame」が繰り返し挿入されるんだけど、そのタイミングのセンス。素晴らしい。エンディングの選曲も笑えたなー。
ほんでまあ、コロコロ人殺した罪人の最期はまさに地獄へ落ちるんだけども。いや、ホントに落ちたんだけども。地獄へ。それに連なる後半のシーンは、タルコフスキーの「ストーカー」を彷彿させるほどの素晴らしさ。圧巻。
ラース・フォン・トリアー監督作品は全作観てるわけではないが、どれも素晴らしい。変。唯一「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は"ビョークが可哀想すぎる"というビョークファン故のしょーもない理由で苦手だが。
次作が楽しみすぎる監督さんの1人。
そういえば、エンドロールで気付いたんだけども、最初に殺される女性はユマ・サーマンとな。「パルプ・フィクション」のイメージ強いんで全然わからんかった。

※ネタバレ注意


Amazon Prime鑑賞。

犬の映画は大抵わんわん泣くので劇場では観ないことにしている。人前でギャン泣きするの恥ずかしいので。


で。この映画。やっぱり泣けた泣けた。 

当然死ぬのな、犬。ベイリーって名のゴールデンリトリバー。

ほんで、犬が輪廻転生を繰り返していろんな飼い主さんとの生涯を経て、元の飼い主イーサンのとこに帰ってくる。犬種も違って姿形変わっとるのに、イーサンしか知らん芸をベイリーが披露すると、はたと気付く「ベイリー?」と。

さらに訳あって別れた元恋人との仲を取り持つんだわ、犬が。

普通だったら笑ってしまうような紋切型のストーリーも犬映画だと、まあ泣ける泣ける。


輪廻転生で再会しようが天国で再会しようが、いなくなった犬とまた会えると思うと、救われたような気分になるというか、素敵なファンタジー映画だった。


まだ飼い犬に死なれたことないんで予習的な意味でも。


何をやってもうまくいかない若き日のモリッシーは来る日も来る日も部屋に閉じこもり「この世界にボクは向いてないんだ!」と母親に縋り泣く。
そんな若き日のモリッシーと同様、世界とうまく付き合えない心に茨を持つ少年少女に勇気と希望を与えた唯一無二のロックバンドThe Smithsのヴォーカリスト、モリッシーがバンドを結成させるまでの前日譚。

全てがちょうど良かった。

モリッシー役の役者が似てないのも良かった。自伝映画って似すぎてても微妙に似てても、その微妙感が拭えないというか。最近だとチェット・ベイカーの自伝映画のイーサン・ホークは良かった。似てないし。
あと、メジャー感ないのも良かった。地味でね。いちいち。その間合いの多い映画の語り口がキャラに合ってるというか。モリッシーの場合「ボヘミアン・ラプソディ」みたいになりようがないでな。あんなんなってたら引くし。

ラストのジョニー・マーとお互いの家を訪ねるシーン。探し求めたものとのやっとの邂逅。もう何というか、たまらなんだ。その描写もやりすぎると白けてしまうのをちょうどいい按配で。逆に泣けた。後に袂を別つことを知ってるから尚更。

同じくThe Smithsファンの嫁もわしも絶賛だわ、これは。

すごく良かった。

※ネタバレ注意

簡単に言ってしまうと、アメリカの普通の大学生が仲間集めて強盗したら、焦りまくってわちゃくちゃんなって失敗してもうた、っていう話で。「オーシャンズ11」とか「レザボア・ドッグス」みたいなスタイリッシュな犯罪ものとは真逆なカッコ悪い話なれども、実際の犯人本人のインタビューを随所に挿入するという半分ドキュメントみたいな斬新な手法が功を奏して、なかなか面白かった。下手すると下手するからね、そういう手法は。
それにしても「聖なる鹿殺し」のバリー・コーガン、ほんと気味悪い。稀有な存在感なんで色々観てみたいが「聖なる鹿殺し」以上の適役はないかも。そんなこと書いてたら、また「聖なる鹿殺し」観たくなったわ。


Netflixオリジナル作品。
名作「俺たちに明日はない」でも有名な犯罪カップル、ボニーとクライドを追っかけてやっつける側からの視点の映画。それだけでも興味深いし面白くなりそう。
極悪な強盗犯罪を繰り返すも捕まらず庶民のアイドル的存在になりつつあるボニーとクライドに痺れを切らした当局はリタイヤした老齢の元テキサス・レンジャー2人に依頼をする。
その2人にケビン・コスナーとウディ・ハレルソン。この2人の燻し銀の存在感が淡々としてこれといって起伏もないドラマにグッと奥行きと深みを与える。
お金はかかってないが侮れないクォリティのNetflixオリジナル。
今は無料期間中だが動画配信はNetflixにしようかな。


※ネタバレ注意

今朝嫁が「ゲイって褒めても差別だって、最近は。ゲイって独特の感性があって素晴らしい、とかも差別だって。でも、ゲイの人の創るものってどうしてもいいでね」とか言ってきて「ふんふん」と生返事しとったんだけども。

で、トム・フォード監督。
以前「ノクターナル・アニマルズ」を観た時、あ、このビザールな感覚ゲイかも、と。調べてみたら、やはりゲイ。作品も凄く良くて。
で、今回初監督作観たら前作の悪趣味テイストは後退してたものの、やはり素晴らしいですね。
映像や音楽の、選択も描写の仕方も独特の感覚があっていちいち素晴らしい。
恋人に先行かれて失意のどん底の大学教授ジョージを演ずるはコリン・ファース。自殺を決意した頃に現れた教え子の美青年(今よりうんと若くチャーミングなニコラス・ホルト)ジムと知り合う。希望の光が見えたと思いきや、、、。
ラストの元恋人が迎えに来るところの描写の感覚。死の表現。コクトーの「オルフェ」みたいな感じ。やはりゲイ感覚だわ。

トム・フォード監督。本業が忙しいんだろうけど、もっと映画創ってほしいものです。