南京事件 南京大虐殺は捏造だった 真実がわかる南京の写真

 

レイプオブ南京によって、世界中に広められたニセの写真や、南京事件の捏造は、あまりにも内容が杜撰で、学術的にも統計的にも(人口など)でたらめ。国民党軍の自国民に行った悪事については一切触れずに、ウソ八百を並べた史上最大の悪質なファンタジーなのである。
 
 

▲中国兵たちの悪行に辟易していた南京市民たちは、日本軍の入城を歓声をもって迎えた。これは日本軍の入城式の日(1937年12月17日)に、食糧やタバコの配給を受け、歓声をもって迎える南京市民ら。市民がつけている日の丸の腕章は、民間人に化けた中国兵ではないことを証明するために、日本軍が南京市民全員に配ったものである(毎日版支那事変画報 1938.1.11発行)

 

 

▲南京市民に食糧等を配る日本兵たち。(イギリス系新聞「ノース・チャイナ・デイリー・ニュース」1937.12.24付 南京占領の11日後)

 

 

▲南京市民と楽しく会話する日本兵ら(1937.12.20撮影 南京占領の7日後 支那事変写真全集1938年刊)

 

 

▲日本軍による南京占領5日目の朝日新聞

 

(右)武器も持たず中国人から買い物をする日本兵。
(中上)南京に戻ってきて畑を耕す中国人農民。
(中下)平和になって南京に戻ってきた中国人ら。
(左)中華街の名物、街頭床屋。子どもも大人も手製の日の丸の腕章をして笑っている。(朝日新聞 1937.12.18付)

 

 

▲南京占領8日目の朝日新聞 タイトルは、「きのうの敵に温情《南京城内の親善風景》」


(右上) 治療を受けている中国傷病兵
(左上)日本軍将兵の情に食欲を満たす投降兵
(真ん中)中国人のお店で買い物をする日本兵ら
(右下)山田部隊長と語る敵の教導総隊参謀、沈博施小佐
(左下)南京城内でくつろぐ中国人市民ら
(朝日新聞1937.12.21付)

 

 

▲南京の病院の中国負傷兵と看護する日本兵(ノースチャイナ・デイリー・ニュース 1937.12.18付 南京占領の5日後)

 

 

▲中国負傷兵を看護する日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

 

 

▲「中国人は日本人カメラマンが行くと、積極的に子供をかかえて撮影に協力してくれる。日本兵や日本人を恐れていなかった」(カメラマン佐藤振寿氏。南京占領の2日後 1937.12.15撮影 南京安全区にて)

 

 

▲日の丸の腕章をつけ、通りで野菜を販売する南京市民(1937.12.15 南京占領の2日後) 

 

 

▲南京陥落直後、南京近郊にて中国人の子供と手をつないで歩く赤星昂(あかぼしたかし)少尉(夫人提供)

 

 

▲安全区で南京市民に食糧や菓子を配る日本兵ら(南京占領の5日後 1937.12.18付 東京日日新聞より)

 

 

▲疫病防止のため南京市民に予防措置を施す日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日グラフ 1938.1.19刊)

 

 

▲日本兵から菓子をもらって喜ぶ南京の家族(1937.12.20撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

 

 

▲釈放されて郷里へ帰る前に笑顔で写真におさまる中国兵捕虜たち(朝日版支那事変画報 1939.8.5刊)

 

 

▲劉啓雄(りゅう・けいゆう)少将。彼は南京安全区に潜んでいたところを捕らえられ、しばらく苦力として雇われていたが、のちに汪兆銘の親日政府の軍の軍長となった(朝日版支那事変画報 1938.1.1刊) (Asahi-ban Shina-jihen Gaho, No. 14, Jan. 1, 1938)

 

 

▲南京の中国人家族に紙幣を渡す日本兵(1937.12.27影山特派員撮影 南京占領の14日後 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

 

 

▲南京の街路で日本兵相手に商売をする中国人(毎日版支那事変画報1938.2.1刊)

 

 

▲平和の戻った南京で、ジョン・マギー牧師のもと日曜礼拝を持つ中国人クリスチャンら(朝日新聞1937.12.21付の「南京は微笑む」の記事より)

 

 

▲戦禍の終わったことを知り、防空壕から出てきた南京の女性たちを庇護する日本兵ら(南京陥落の翌日12月14日。朝日新聞1937.12.16付)

 

 

▲南京市内で日本兵に雇われて食糧を運ぶ中国人ら(1938.1.20撮影)。日本軍は食糧を市民に配ったので、南京では餓死者が一人もいなかった。(支那事変写真全集(2))

 

 

▲手足を失った中国負傷兵と、彼らを看護する日本兵(南京捕虜収容所で 1938年初春 毎日グラフ:日本の戦歴)

 

 

▲南京の捕虜収容所で、手製の楽器を演奏して楽しむ中国兵捕虜たち(毎日版支那事変画報1939.5.20刊)

 

 

 

▲日の丸と中国の五色旗を振り、南京自治政府発足を祝う南京市民ら(1938.1.3)