これは、1年以上前からずっと考えていたこと。
『時代遅れになったものは、本当にダサいのか』
について考えるシンポジウム。
それをまるっきり1人で自問自答。
人と少し違うものを好む私は、
いつも少し、何かをハズしたがる。
きれいにまとまると、なんだかすごく居心地が悪い。
だから人から見た私って、きっとダサいと思う。
それでも自分がそうしたくてそうしてるわけで、
いろいろな人がいる東京だから、
それをきっと“個性”として受け入れてくれると信じて、やりたいことをやってるんだと思う。
だけど、人の目が気にならないわけでもなくて、
もっともっとやりたいことがたくさんあるけど、
常識の概念だとか、
歳相応だとか、
街の色との調和とか。
あれこれ考えていると、比較的普通にまとまってしまうこともよくある。
個性を主張したい自分と、世間に溶け込みたい自分。
どっちも私。
だから、どっちの私も満足がいく程度のボーダーライン。
それがきっと、今の私のファッションを形にしているのかなと思う。
その結果行き着いたのが、
見えないところにこだわってみたり、
遠目で見たら気付かないところにこだわってみたり、
見えるけどその意味はなかなかわからないようなことにこだわってみたり。
そんなものを好むようになりました。
流行から外れたものをダサいと思いがちだけど、
実は昨日まで流行の中にいた、流行が終わったものの方がダサかったりする。
それらがそもそもダサいのかどうかも定かではないけれど、
それらを仮にダサいとして、
そのダサさをあえて取り入れることをしてみよう。
そうしたらただのダサいものが、もしかしたら“個性”になるかもしれない。
そんなことを考えていました。
だけど、そうするには形にする必要があります。
そのアイテムは、何にするかということ。
要は世間が、
「今さら?」
と思うようなもの。
・プロミスリング
・たまごっち
・ジュエルリング
・MCMもしくはプリマクラッセ
まずは、これが私の出した答え。
その「今さら」に「新しさ」を感じました。
だけど、旬じゃないものは入手に困る。
プロミスリングは作ろうってことで、いつか実家に帰った時に探してきました。
中学の時に使っていた“先生”を。

モデルに何と反町さん。

でも名前が違ったので調べてみたら、なんと本名でした。
未だに作れてないのですが、やっと材料を揃えたとこまでいきました。
「プロミスリングを取り入れようと思います。」
と、当時人に話したときは
「えっ…?確か、昔流行った…」
っていう予想通りの反応でしたが、
最近、エスニックアクセが巷では流行っているようで、ぼちぼち街でも見掛けるようになったっていう。
いや、でも作る。
たまごっちは、昨年の夏に新潟のリサイクルショップというのかな、中古のゲームとか売っているところでみつけました。

定価で買う気はなかったので、安くて良かったです。
しかもこれ、「USA」版?みたいです。
ま、ゲームするわけではないのでいいっていうことで。
これの使い道についてはまた今度。
そして、ジュエルリング。
これも駄菓子屋さんやスーパーで探したけど、なかなかみつからず。
去年の夏、「駄菓子屋えぐざいる」でようやく発見。

赤いのはりんごの形をしてるんです。
りんごはダメって言ってるのに
(←りんごに過敏なジヨンペン。)が。
なんか、小さい。
しかも名前も「Petit Ring」って。
これ、後日たまたまテレビで知ったのですが、
「ジュエルリング」って、もう販売中止しちゃったみたいです。
そりゃ、みつからないはず。
食べ物だから、“ヴィンテージ”っていうわけにもいきませんしね。
これは型を取って、アクセにアレンジできたらいいなと考えています。
そして最後に、MCMもしくはプリマクラッセ。
個人的に言うと、プリマクラッセは今も現役で使えると思っているので、
ここでのベストはMCM。
日本では販売店がないようで、オークションとかで探すしかないのかなと半分諦め気味でした。
その頃はまだビッベンのペンになって間もなくて、
ビッベン他韓国アイドルがあんなに愛用しているなんて知らなかったし、
韓国で流行っているなんて当然知らなかったし、
その影響か買収されて、今やドイツではなく韓国のブランドだなんてもちろん知らない。
だからそれを知った時、ほんのちょっとだけ複雑な気分でした。
ジヨンとかがかっこよく着こなしている姿を見て、
これじゃ全然ダサくないじゃないの。
…って。
でも、なんとなくこれも運命。
ずっと探してたものが、ビッベンや韓国のおかげでみつかったなんて。

やっぱり行き着くところはいつもそこ。
なんかくすぐったくなります。
ちなみにの番外編。
“今さら”な、
「ヤキソバン」

偉そうだから寝かせてみました。

と、まぁこんな独り言をちょくちょく言います。
そして、これからも“ダサい”ものを探します。
私の“個性”として。