近頃あまり聞かれなくなった言葉に、「格差社会」、というのがありますね。
職業的プロ・サヨクたちがどこかから、ホームレスのオッサンたちを集めてきただけの、「年越し派遣村」、などという超あざといまやかしが横行してた頃が、流行語としては最後の光芒でしたかな。

fatty無職って、なぜか肥ってる人が多いですね。 

obesit 人は等しい!!
 

単に飽きられたのだとか、いや既にすっかり定着したのだとか、まあ詭弁的な言いようはいろいろとあるのでしょうが、もともと世界最凶な社会主義国である日本における格差なんて、余所さんと比べたら格段に軽度だったわけで、結局のところはメディア扇動によるいかにも民主党的で浅ましい茶番だったぶん、実際に控除の縮小とかで可処分所得が減った納税者が多くなってきますと、途端にダンマリを決め込んでいるものと思われます。

この国における成り上がり困難な実情とか、いい歳したオッサンが会社経費にしがみつく浅ましさとか、あるいは少子化でさえも、本邦の基地外な税制に原因がありますね。

資産家が海外に居住したがるとか、プロ野球の選手が田舎に野球記念館建てるとか、実績のある選手が夢を騙って、お~っと、語ってメジャーに行くのとか、長期滞在後の海外からは1月2日以降に帰国するとか、これら皆マッドな税制に対抗した苦肉の策ですね。

虫や魚でもない限り、格差なんて本来的に、あって当たり前なんだが、その格差をば、人権や税制といった狂気じみた凶器でもって極限まで圧縮した自称弱者のユートピアが日本という国ですね。

サヨクな人らは伝統的に、「分子」とか「細胞」とかいった言葉が好きです。
確かにそれならどれもみな同じですから、格差なんて生じませんし、当然、無脳・無能なので、サヨク的にはいたって好都合ですね。

とりあえず、ヘンなのが生きていけない世の中の仕組みこそ、いま最も希求される社会インフラですから。

yaruo まずは働け!話はそれからだ。