今の子供はプリンなんかでは喜びもせず、容器のまま黙々と食べて、それでオシマイですね。
昭和50年くらいまでは、プリンいうたらすべての子供が喜ぶおやつであり、それこそ「横山プリン」いう芸人がいたくらいでして、粉を水で溶いて鍋で炊いてつくるハウスプリンか、あるいはハイソ向けwに牛乳で炊いてつくるハウスプリン・エルしかなくって、うちは毎回水でつくるほうだったんだが、仏光寺近くの某友人のところでエルのほうを食べさせてもらって、あまりの旨さ(当時)に激しく感動したのを覚えていたりしますな。
いまだに場末の喫茶店のメニューには、pudding a la mode (仏語:流行りの?プリン)、いうのがあったりして、ときに懐かしさからそれを頼んだりしては、家人の嘲笑を浴びたりすることもあるわけです。

で、育ちがイマイチ貧しいので、プリンは皿に載せてカルメラが上に乗っているようにして食べたくなる人種だったりするんだが、どういうわけか、平成生まれのうちの長女が同じことをします。
しかも周囲から黄色いところをスプーンで薄くスライスして、厚さ数ミリずつ食べていきます。
そうしますと当然、どこかでプリンは自重に耐えかねて倒れるときがくるわけです。

どういうわけか、うちの長女は意図せずして軍国少女ふうに育った感があって、なぜか質実剛健です。

rensa 
最近、芸人仲間の母親のナマポ受給擁護な某芸人による、「食物連鎖の最下層」とかいう発言があったりしましたが、下層が崩れると全体の崩壊はもうすぐそこ、ということに気付くべきですね。

数多くのゴミ芸人が大衆の堕落を意図した悪意のもとで、各媒体を通じてロクでもない人生の指針を無責任に発信し続けてきたという事実を、けっして忘れるべきではありませんね。