俺は SMAP のこの歌がキライである。
流行歌としての消費のされ方が気に入らないのである。
多くの人がそれぞれの野心をもって努めて性悪に生きている、そんな個々の人間の実情に次々とキレイ事を糊塗しては覆い隠し、よりによって広い世界にたったひとつだけの「花」などと断言して憚るところのない、その傲慢っぷりに我慢がならないのである。
確かに「花」のある人はいるが、ない人にはとことんナイのであって、「花」どころか「ゴミ」とか「カス」としか言いようのない者の存在もまた、世の中の事実である。
当然、大言壮語とも言ってよいこのような主張は、宗教的なまでに「人は尊い!」を信奉する者たちの耳には、さぞかし心地よく響いたであろうことは想像に難くなく、義務教育の世界から低俗なテレビ番組に至るまで、様々な場面で特定の意見を持った人々に、「これは好都合だ!」と受け入れられ、まるで布教ツールの如く、狡猾に利用されたのであった。
人間万歳の人間ベタ褒めソングとしては、その極端なタチの悪さでもって、ひと昔前の、beautiful name を遥かに凌駕している。
同様にその消費のされ方が気に入らないもので、書籍としては窓際のナントカとか、五体ナントカが思い浮かぶ。
俺に言わせれば本来の目的を覆い隠しているという点において、トットも不満足もパチンコ屋の文鎮と同じである。
流行歌としての消費のされ方が気に入らないのである。
多くの人がそれぞれの野心をもって努めて性悪に生きている、そんな個々の人間の実情に次々とキレイ事を糊塗しては覆い隠し、よりによって広い世界にたったひとつだけの「花」などと断言して憚るところのない、その傲慢っぷりに我慢がならないのである。
確かに「花」のある人はいるが、ない人にはとことんナイのであって、「花」どころか「ゴミ」とか「カス」としか言いようのない者の存在もまた、世の中の事実である。
当然、大言壮語とも言ってよいこのような主張は、宗教的なまでに「人は尊い!」を信奉する者たちの耳には、さぞかし心地よく響いたであろうことは想像に難くなく、義務教育の世界から低俗なテレビ番組に至るまで、様々な場面で特定の意見を持った人々に、「これは好都合だ!」と受け入れられ、まるで布教ツールの如く、狡猾に利用されたのであった。
人間万歳の人間ベタ褒めソングとしては、その極端なタチの悪さでもって、ひと昔前の、beautiful name を遥かに凌駕している。
同様にその消費のされ方が気に入らないもので、書籍としては窓際のナントカとか、五体ナントカが思い浮かぶ。
俺に言わせれば本来の目的を覆い隠しているという点において、トットも不満足もパチンコ屋の文鎮と同じである。