「友達」ってやつ | Fuck and Shit

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朝起きて、顔をあらって、ご飯を食べて、仕事して、お風呂につかって、次の日のためにベッドで眠る。

そんな日常が、うれしかったり、さみしかったり、悲しかったり、退屈だったり、愛おしかったり。

「友達」という言葉には、陰と陽、そういう二面性がある




って、えらそうな冒頭文で書いたけど、たいていの単語がそうか?


「男」とか、「女」とか。


いや、「電話」とか、別にどうでもいいしな。まてよ、陰な部分も、あるかも…。ってこの話題がまずどうでもいい。


本題はそんなことではなく。





先日、Sちゃんと湘南めぐりに行ったとき、素直なSちゃんは、友人関係で、ちょっとした悩みを抱えていた。



Sちゃんが「友達とちょっと… 」という話で切り出したその話は、超かいつまんで言うと、「友人とのトラブル」というフォルダタイトルに保存できる内容だった。


鎌倉から横浜までの電車内、正味25分ほど、はきはきと分かりやすく、その「友人とのトラブル」について話しきったSちゃんは、あたしに尋ねた。


「どうですか?」


「え。どうって、何が。」


「だから、その話、どう思います?」


「え。どうって…。その人って、Sちゃんにとって、友達なの?」


「え…。一応、そうですね。友達ですね。」


「ふーん。もしあたしがSちゃんだったら、その人は、絶対友達ではない。友達とは呼ばない。」


「なるほど。」


「うん。」


「そ、そうですね…。」


「うん。」


「…じゃ、○○さん(あたしの苗字)の、友達って呼ぶ基準について、ちょっと教えてもらっていいっすか?」


聞かれて、えぇ!?この子は相変わらず素直でまっすぐでそして熱いな!と関心しながら、うーんと考えた。


そして言った。


「一点の曇りも、ないことだわ。」


言いながら、思った。


そうか、あたしが、今まで友人を選んできた基準は、こういうことだったんだ、と。


Sちゃんは「なるほど。」と頷いていた。き、君、ほ、ほんとに分かったの?それで…。



家に帰って来て、自分の言った言葉を振り返った。


一点の、曇りも、ないこと。


友人を選ぶ、基準。



確かに、自分の「友達認定」した友人たちの顔を1人ずつ思い浮かべていくと、誰一人として、一点すら曇りのある人はおらず、


なんとなく、それって嘘じゃ…?と疑ったり、本当のことを言っていないんじゃないかな…?ん?どうなの?君…と顔色を覗うような人は、


「なんとなく、くせー奴フォルダ」にインされて、それらの人が「友達認定」されたことは、ただの一度もなかった。



へらへらと笑ってるけど、なかなか心中を晒さない真性人見知りのあたしにとって、


「顔見知り」から「友達」になるまでの時間や期間はまったく関係なく、


仲良くなれるかどうかと言うのは、ただ一点、その人が、「正直」か「正直じゃない」のどちらか。



改めて自分が好きだと思う人の顔を横1線に並べてみて、あたしは正直な人が、とても好きなんだと改めて思う。




あたしは女子に生まれて、女子として教育を受け、女友達の輪にもちろん入って学生生活を送り、そして今現在も社会人として生活しているけれど、


恋愛関係での悩みは海より深く、広く、そして仄暗いけど、


友人をしっかりとした「友人」として認識した中学生時代が過ぎてから、交友関係で悩んだことは、一度もない。


それは、本当に、一度もなかった。



「なんかくせーな」と思う人には、楽しくなさそうな匂いがするから、近寄らなかった。



誰々ちゃんの本音がわかんない とか


誰々ちゃんがウソついてる とか


誰々ちゃんがあたしのことムカついてる とか


誰々ちゃんがどーのこーの とか


そういう周囲の女子たちが小鳥のような声でささやく内容は、あたしの友人間での話題にすら上がらないほど、脳裏をかすめたりしないほどにどうでもよく、


屁が死ぬほどくさい とか


ゲップがするめの匂い とか


誰々君とついにやっちゃった とか


誰々君がかっこいい とか


あの人まじでワキガ とか


あのデブはさっきもコーラのみながらプリンを食べて今はキットカットを食べてた とか


昨日ツタヤでウンコをもらした とか


話しているほうが楽しく、幸せだった。




あたしの周りに「なんかくせー奴」がいなかったわけではなく、


あたしが「なんかくせー奴」に近寄らなかっただけで、


「そりゃ人だもん、ちょっとはくさいところもあるけれど、他は良い子」という人は、ただ単に友達に値するにしなかったということ。


自分を傷つける可能性の匂いがする人は、どんなにいいところがあろうが、どんなに社会的地位が高かろうが、どんなにオシャレな趣味を持ってようが、どんなにかわいかろうが、あたしは嫌だった。



たぶん「友人認定」の基準が、人よりも少しだけシビアだったんだろう。




けれども、久しぶりにあたしの「友人たち」の層々たる顔ぶれを、一列に心に並べ、


基準を厳しくした自分は、ちっとも間違ってなかったと、自信を持って思う。




友達は自分を写す鏡だと言う。



正直に向き合ってきてよかった。



そういうわけで、友人関係で悩んだことがない自分は、人よりも一つ悩みが少ないと思うので、その分不得意な恋愛で悩んでるのかも、なんて思ったり。




友人関係で悩んだこと、ありますか?


友達を選ぶ基準って、なんですか?