理不尽な話 | Fuck and Shit

Fuck and Shit

朝起きて、顔をあらって、ご飯を食べて、仕事して、お風呂につかって、次の日のためにベッドで眠る。

そんな日常が、うれしかったり、さみしかったり、悲しかったり、退屈だったり、愛おしかったり。

一日が終わるとき、今日あった理不尽なことの数だけ、手帳にチェックを入れていく。



そうすると、あまりに理不尽なことが多くて、チェックをすること自体がばからしくなって、あぁ 社会にはこんなにも理不尽なことが多いんだ、と思うってゆーのが、社会人になりたての頃、社会人になりたての人々を励ますために書かれた何かの記事で読んで、少しだけ笑えた。


社会は理不尽なことであふれていると、大学を卒業して、働きだして、初めて気付いた。



きょうは理不尽なことで、もう紛れもない、いちゃもんみたいなクレームをつけられた。


やつあたりしやがってこのやろう 地獄へ落ちやがれ なんて穏やかでないことを思いながら、こんな心境で怒鳴り散らしている人に、いい訳や弁解は逆効果だし、説明も無意味だし、と思って、ただひたすら謝り続けた。


『そんなつもりで言った言動ではなかったのですが、もし不愉快な気分にさせたのだったら謝ります。本当に申し訳ありませんでした。』


…って思ってるわけねーだろ!ばかやろう!けど、耐えろ!耐えるんだ!U子!これは試練だ!


あたしはこういう仕事をして、お給料をもらって、オシャレをして、恋をして、生きてるし、生きるために耐えなければならないのよ、U子!と真剣に繰り返し思っていた。


どこまでも続くネチネチしたクレームを聞き飽きたので、チョコがゴキブリをつぶしたときなどは、目の焦点をぼんやりぼやかして見る、という話を思い出し、そいつの顔をぼんやりとぼやかしてみたりして、笑いそうになるのをこらえたりしていた。




30分続くクレーム(しかも絶叫系)にそんな感じで耐えていると(けれど見た目には深刻な顔ではい、はい、申し訳ありませんでした、と言ってるように演技したのよ)、見かねた上司がやってきて、助け舟を出してくれた。



上司にまかせて『本当に申し訳ありませんでした。失礼します。』と言いながらその場を去るとき、お前絶対良い死に方しねーぞ と思った。



そして周りのほかのスタッフが「気にしなくていいよ」「U子ちゃん全く悪くないよ。あの人が変だよ」とか励ましてくれたんだけど、そういうときって、やっぱり元気がなくなる。


帰ってきて、ゴハンの代わりにミスタードーナッツのシュガーレイズドを食べながら、今日あった理不尽な出来事について考えていた。


何度自分のとった行動に落ち度がなかったのか考えてみたけど、あたしが悪いことはたぶんない。


言っていることも筋が通っていなかったし、どう考えても理不尽だった。


あえて言うなら、運が悪かった。



けれど、考えてみたら、かわいそうな人なのだ。


三つ子の魂百までと言うくらいだし、あの人は、三歳くらいから、あぁゆう物言いで、欲しいものをねだり、人を威圧し、怒り、無理やり自我を通し、生きてきた人なのだ。


当然周囲は良い反応はしないし、そういう風にしか振舞えない自分で、ずいぶん損をしてきたはず。


得な話はあんな人の耳に入れたくないし、そして嫌な話もあんな人の耳に入れたくない。周りは自分に近づかないように生きて行って、他のお店に行ってもきっとあぁだから、満足なサービスも受けられない。


感じのいい人に人は親切だし、感じの悪い人に人は不親切であることに、きっと気付いていないのだ、と思った。


かわいそうに。もう60歳もとうに過ぎているのにそんなことに気付いていないなんて。愚かな人。



良い死に方しねーぞ と思ったあたしはきっと正しい。






まぁ そうやってみんな大人になっていくのね。あたしはそんなかわいそうで愚かな年寄りにならないように気をつけよう。今日学んだことはそんなこと。