恋の運勢をあげるべく、最近はピンクや赤の石がついたアクセサリーや、ハートのチャームがついたなんちゃらやら、そんなものを意識的に身につけている。
恋に両足とられまくっているあたしがそういうものに興味を持ったからか、それとも昨今、巷で流行しているせいなのかはどっちかわからないけど、街を歩いていると、パワーストーンを売っているお店で、熱心に石の説明書きを読んでいる女の子の姿をよく見かける。
以前ここでピンククォーツがついた運命のネックレスについて書いたことがある。
まぁるい形のピンククォーツがついた、ゴールドのチェーンのキュートなネックレス。
友人たちは口をそろえて「そんなにかわいくない」と言うけれど、けれど、そのネックレスをつけていると、なんとなく、心が明るくなるような、少しオシャレをちゃんとしているような、そんな気分になる。
たぶん波長が合うんだと思う。
いまのあたしの状況と、恋愛成就の力を持つその石は、目的が一致している。
ピンククォーツや、ハートや、ピンクや、そういう類のアイテムを見につけて、そして思うことは、石やピンクやハート自体に恋を呼び寄せる力があるんじゃなくて、ピンクやハートや赤を近くに持っていて毎日手の届くところにおいておくことで、いつでも、自分がそういう気であることを、そのつどなんとなく思い出す。
そう思うことが、恋愛を成就させようとするきちんとする行動につながるんだと思う。
そんなことを思っていると、横浜に泊まりに来ている幼なじみが、あたしの汚れた化粧ポーチを見て、「化粧ポーチが汚いと恋愛運が低くなるらしいよ」と言ってきた。
化粧ポーチが汚いこと自体が、恋愛運を下げるわけでなく、自分をキレイに保つアイテムである化粧ポーチを汚したままにしている女には、恋をする資格なんかないと、その教訓は教えているのだとあたしは思う。
連絡をとらなくなって、やっと2ヶ月。
この2ヶ月は、ほんとに、ウソみたいに長かった。
毎日毎日これでもかっていうほど、あの人のことを変わらずに考えている。
好きなところや、嫌いなところを、繰り返し繰り返し、考えている。
笑った顔や、冷たいいい様や、やさしい手つき、ものを食べているところ、ビールを飲みながらテレビを見つめる横顔、そんなありとあらゆることを、思い浮かべて音楽を聴いたりしている。
公園でさくらのしたでお弁当を広げるカップルを見ては、あたしもあの人とそんなことをしたいとか、自分でもうんざりするくらい、繰り返し思っている。
そして探すのだ、あの人のことを。
桜木町で、関内で、横浜駅で、ありとあらゆるあたしの行動範囲内に、あいつは現れないだろうかと、あたしは常に探している。
あの人と同じ車種が通りすぎればギクリとしてナンバーを確認し、駅で並ぶ人にあの人らしき人はいないか追い、バスから見える車を追い、酔っ払いが歩いている集団の中に、あいつはいないだろうかと、自分でも無意識に目で追っている。
人と人がすれ違う確立なんかのことを、たとえば夜中のツタヤとか、あの人が行きそうな場所を、いろんなことを思いながら、気づくとあたしは探している。
会いたいのか会いたくないのかもはや全然わからなくて、けれどどうでもいいから会いたいとそんな気もするし、この先、そんなことを考えながら生活を送っていかなければならないかなどと、ふとまた、うんざりしながら思うのだ。
どこまで続くのかこの拷問のような恋は。
そんなことを考えながら、ピンクやハートや恋愛運アップと書かれたもので自分の周りを生めていき、どうか、あの人以上に好きになれる人を見つけれらる日のことを、ぼんやりと思い浮かべてみたりしている。