それは、まるで流れ星のような出逢いだった。




寒さの厳しい日が続いたが、街は旧正月に向けて徐々に活気づいていた。浮き足立つ周りを余所に、僕は塾やレッスンの合間を縫って様々な調べものをした。
あと一月程で学年を終える中学は、もう成績に関わる授業や試験が済んでいて、消化試合のような雰囲気だった。友達の誘いを適当に往なした僕は、ここぞとばかり様々な本を読み漁った。
参考までに名付けのノウハウや流行りの名前にも目を通したが、それ以上に哲学や自然科学の本を多く集めた。これまで生きてきた自分の、知識やセンスを試されているような気がした。



「重そうだな、大丈夫か?」


図書館で鞄いっぱいに本を借り、陽が暮れてからレッスンに向かった。事務所のエントランスで荷物の幅を見誤って、数人の集団とぶつかりそうになった。
咄嗟に差し延べられた力強い腕。その人は屈託なく笑って僕を気遣った。切れ長の眼と覗いた八重歯が印象的だった。
兄(ヒョン)とはあんな感じだろうか。白い廊下に消えていく後ろ姿を見送りながら、そんな思いが浮かんだ。



数日経って、あの人を見つけた。塾の後、遅れて入ったレッスンの中心で踊っていた。
長い手足、しなやかな体躯、緩急のある動き。平凡なダンスミュージックだったが、そこにいた誰をも魅了していた。


「あの人は?」


取り囲むように見入っている練習生の一人に訊ねた。話したこともない彼は、僕の顔を見返して答えた。


「知らないのか?古株の練習生さ。時々仕事も貰っているよ」


名前は、鄭 允浩(チョン ユンホ)と言うらしい。音を掴むように踊る姿から目が離せなくなった。


「みんなユノとか、ユノヒョンって呼んでるよ」


一瞬、鏡越しのアーモンドアイと視線が合った。咄嗟に僕は、顔を逸らした。


僕を覚えていた?


無機質な白熱灯の下にいても、どこか光が集まるような人だった。近々、兄になることを意識していた僕は余計と興味を引かれたのかもしれない。
練習生たちの輪を外れて、僕は部屋の隅で黙々とストレッチをした。



「予定日は2月6日なの」


甘やかな香りが鼻を掠めた。ソファでページを捲る僕に、お茶のカップを寄せながら母が言った。何か食べる?と訊かれて、首を縦に振った。
出産に予定があることを、僕は初めて知った。キッチンに立った母は、絶対にその日に産まれてくるとは限らないのよと笑った。


「チャミナは予定日を過ぎても、なかなか出てきてくれなくてね」


心配したのよと、母は小さな鍋をかき混ぜて懐かしむような顔をする。冬に相応しい辛いスープの匂い。餅を入れて下さいと、僕は母に頼んだ。
唐辛子色のスープから立つ白い湯気。暖められた空気が心地よく流れる夜だった。

"……この流星群は2月4日の未明、ピークを迎え、ソウル市内でも……"


父が隣の部屋で点けているラジオが控えめに聴こえていた。耳に入ってきた言葉に、スプーンを握る手が止まった。


「流星群ですって」


素敵ねと、呟くように母が声を漏らした。弟が産まれてくる日にも、星は降り注ぐのだろうか。
掃き出し窓をたっぷりと覆う深い夜色のカーテン。出番を待つベビーベッドの上で、檸檬色の月と星がゆらゆら揺れていた。


「流れ星か」



弟の瞳に最初に映る世界を想って、僕は目を閉じた。




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真夏に真冬の話を書き始めたことを後悔していましたが、やっと涼しくなってきましたね。それにしても、なかなか赤ちゃんが産まれない!


深く考えずに年齢設定していて、帳尻が合わなくなることが判明しまして、1歳引き下げました。