『半分、青い』

お友達が
今日の放送は泣いたと言っていた。

同じ病気の人も
ブログで泣いたと書いていた。

見るのが少し怖かったけど
今日見なきゃと思って勇気を出して見て
やっぱりちょっと泣いちゃった。

私は、突然じゃなくて
手術で神経ごと取り出しますと言われていたので
覚悟を決める時間はあったから

『バイバイ』

って元気だった右耳に言う時間があったのに
ちゃんと言ってなかったなぁ、、、

と反省。

気配は音だから
感じなくなったのも仕方ないね、、、

気配を感じないって
実はとても怖くて
ギョッとすることはよくあります( ̄O ̄;)


手術の後の
会社の健康診断で
失聴したのを伝えたのに
遠くから名前を呼ばれてキョロキョロしたら
看護婦さんたちに笑われて
照れ笑いしたけど
本当は悲しかったのを思い出した。

『半分、青い』の先生は
遠くから呼びかけないでください、
どこから呼ばれてるかわかりませんから、、、

とおっしゃってるのにね😢

今年は検診受けるクリニック
変えようかなぁ、、、って
ちょっとだけ、思ってみる😉


でも
スズメちゃんは強いね。
私も見習わなきゃ。

片方聞こえないことには
もう大分慣れて
聞こえなかった時も
自分の中でサラッと流せるようにはなってきた

それと同時に
他の感覚が研ぎ澄まされて行くように感じる時もある

人間の感覚って面白いですね

吉田篤弘さんの
『遠くの街に 犬の吠える』
って言う本は
その不思議な感覚が綴られていて面白かった記憶がある。

うまく言えないけど
失ったものがある代わりに
得た感覚もあるんじゃないかと思えてきたと言うか、、、

でも見えなくて良いものは見たくないよ😂
聞こえなくて良いものも聞こえなくて良い💦

そして、母に病気のことを伝えなくて済んで初めて母がもう逝ってしまってて良かったと思いました。

開頭手術するなんて言ったら
どんな風になってたか想像するのも怖い。


ほらね。
どんな状況でも良いことが一つくらいはあるもんだ😊

そして周りに色々な病気と闘ってるお友達もたくさんいるし
1人じゃない
年の功かな、、、

使い方違うか、、、💦




退院後1年のMRIを先週受け、結果を今週うかがってきました。

前回隙間があったところがきっちり詰まっていましたが( ;∀;)、大きさ自体に大きな変化が無かったので、今回はそのまま経過観察となりました。

私は手術の時に心停止してしまったので、予定より多く残ってしまいました。
見慣れた円形ではなく、横長に残っています。
これがまた成長していくのか、止まってくれるのかはわかりませんが、とりあえず次は一年後ということで、それまでは痛み止めを頂きに気楽に病院へ通うことになりそうです。

とりあえずホッとしましたが、実は別の事で気になることがあり検査をしたクリニックから、大きな病院で再検査してくださいと連絡があったので、その足でそのクリニックへ紹介状を頂きに行きました。
今かかっている病院に紹介状を書いてくださってので、来週また病院へ行くことになりそうです( ;∀;)

歳を取ると、細胞がきちんと並んでくれなくなってくるので、あちこち不具合が出てくるんですよね、、、

という説明にいたく納得し、
老化現象ならば致し方ないと受け止めることにしました。

すぐに治療開始というよりは、経過観察になると思いますということで、聴神経腫瘍仲間の皆さんの中にも、経過観察中の方がいらっしゃることを思い出しました。

経過観察ならば、知らない方が良かったなぁ、、、
と言うのが、我儘な正直な気持ちです( ;∀;)

経過観察中の皆さんの、もどかしい気持ちがよくわかるようになりました。

ならば何故病院へ行ったのか、、、

投薬で治るなら、、、

と言うのが、耳鳴りの時も、今回の時も、偽らぬ気持ちです。


大抵は、心配したけど大したことは無かったよ、、、

って言うシナリオだと思っていたのに、中々人生は思うようにならないなぁ、、、と思いますが、
生きていく以上、なるべく笑顔で楽しく毎日を過ごしたいと思います。

そして、そんなこと言いながら、何だかんだ結局長生き出来そうな気がしています^ ^

ということで、仕事帰りに軽く祝杯をあげて来ました٩(^‿^)۶
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退院してから

もう一年が経ちました。


桜の蕾が膨らみかけているのを見ながら
丁度去年の今頃のことを思い出しました。

リハビリがてら
娘がお花見に連れ出してくれたこと。

やはりリハビリがてら連れて行ってくれたスーパーで
走り回る小さな子に対応できず
立ち尽くしたこと。

通勤が、新宿と渋谷を経由するので
杖を買おうかなぁと迷ったこと。←実際は杖は買わなかったのですが、私はさっさと歩けませんアピールで、杖が欲しいと思った事は何度もありました。


私の聴神経腫瘍は
五年以上前から始まった耳鳴りからだったのですが
年頃もあり
更年期症状の1つかとあまり深く考えずに数年放置していました。

最近耳鳴りするのよね、、、
と言うと
私も!私も!
と言う友人が周りに何人もいた事もあります。

歳を重ねれば目もかすみ
耳も耳鳴りするのだろう、、、

位の気持ちでした。

しかし数年経った頃
放置しておくと難聴になるよ、
と言われて近所の耳鼻科を受診。
しかし、ストレスが原因と言われ
稀に耳の神経に腫瘍ができる人がいるけれど、滅多にいないから、MRIを撮るまでもないと言う診察。

確かにストレスMAXな生活をしていたので
その後の抗鬱剤処方は辞退して、また数年放置。

その後、真っ直ぐ歩けなくなったり、味覚がピンと来なかったり、耳鳴りが頭中に鳴り響いて他の音が聞こえなくなったり、、、

そして、私より若い友人が若年性アルツハイマーになったのもあり

重い腰を上げて再び受診。

それでもまだ、脳の血管が軽く詰まっているのだろう、、、
位の気楽さでしたが、思いがけずに腫瘍が発覚。

見つかった時にはもう3センチを超えていて

「あと、10年生きられれば良いというならガンマナイフでも良いけれど
まだ若いので、開いてきちんと取りましょう。」

という診察でした。

聴神経腫瘍の手術は
今ある症状の改善のためでは無く
命を守るための手術です

ということは術前にも説明があり納得していたつもりだったのですが

切除していただいた腫瘍を見る事もなく
その大きさでまだ電話の応対もできるとは!
と驚かれていた聴力は完全失聴し

耳鳴りはもちろん
頭痛は術前よりも酷くなり...

そして、思ったよりも脳幹に食い込んでいたため
予定していた顔面神経にくっ付いている部分以外にも取りきれなかったところもあり

手術した意味を
気がつくと考え込んでしまう時もありました。


でも
昨日、お気に入りのコーヒーショップでコーヒーを飲みながら


あぁ、
私は命はあって当たり前だと思っていたんだなぁ、、、

とふと思ったのです。


頭の中では
命はあって当たり前のものではないとわかっていたつもりだったけれど

心の中では
ある事が前提だった命。

あった上での色々な不満を
私は抱えていたんだなぁと思いました。

入院2日前まで仕事をしていたので
入院してから手術まで暇で
病院の中のコーヒーショップに行く許可は頂いたのですが
コーヒーを飲むと夜眠れなくなり( ;∀;)

あんなに大好きだったコーヒーも
思うように飲めなかったこと。

入院中に
このお店のカプチーノを飲みたいなぁと
何度思っていたかということ...


すっかり忘れていました。



自分の足で歩いて
大好きな場所に行ってコーヒーが飲めるということは
決して当たり前の事ではなくて
とても幸せな事だったなぁ、、、

と噛みしめながら美味しくいただきました☕️