分けられない解
私が学生の頃、「大仙古墳(仁徳天皇陵)」と括弧書きも教科書に載っていたが、私の周りの60代の方たちは「仁徳天皇陵」と学んだらしい。しかし現在は「仁徳天皇陵」として報道されている。調べてみると「大山古墳」や「仁徳陵」といった記載もある。どれが正しいのか分からずにモヤモヤしていた。すると、ふと思い出した。それは外国首都クイズを60代の方としていた時のことだ。私はその方にドイツの首都を出題した。するとその方は「ボン」と答えた。不正解を伝えると「そうだ、今は「ベルリン」だったね」と仰ったのだ。何故、西ドイツの首都を答えたのだろうと考えた時、この方が現役だった頃、ドイツと言えば西ドイツ(ドイツ連邦共和国)だったのだ。時代の縛りをしていなかったことと私の身に落ちた、言葉に出来ない何かが、不正解を私に撤回させ、その答えを正解としたのだった。60代の方と私と現在は、正解が異なる。年齢だけではなく、時代、国、信条、方針、宗教、政治等の多方向から見ると正解は異なるのだろう。私の正解は、現在では不正解なのかもしれない。常に現在を更新しても、更新した現在が10年後、100年後には不正解かもしれない。私たちの正解は外国では不正解かもしれない。また、正解、不正解で分けられない解もある。いつでも私たちは、正解、不正解、分けることの出来ない解を永遠に抱え続けるのだ。