文字にまとめながら気持ちの整理をしていく。

中学生のころからそうだ。

 

今回の出会いは、楽しいばかりではなかった。

でも、もう一度あいつに会いに行こう。

力をつけてもう一度勝負しよう。

 

 

全然意識してなかったことに出会う。

 

「考える」のと「感じる」のでは違うのだろう。後者を全く大事にしてこなかった。

 

「感じること」「感じてもらうこと」

 

そこをつつかれると

「ふざけるな!」と氷のように突っぱねてしまう。

 

「諦め」とか「仕返し」みたいなもの

言葉にしていないだけで

 

そういうものが、自分の心の核を深く支配している部分もある。

 

恐ろしくも思いながら

取るに足らない人の形をした塊だと

吐き捨てるように目をつぶり忘れようとする。

 

冷めている

本当の自分の姿

 

燃料をつぎ込んでいなければ

すぐに消えてしまう。

 

熱い人が好きなのは

そこに自分の憧れを映しているだけなんだろうか

 

悔しさの気持ちは

けっこう腐っている

 

必死で起爆剤を探している自分の姿も

知っている

 

 

 

そんなことを思いながら

ふと

「まじめで真っ直ぐな返答を期待していない人もいるんだな。」と

遅まきながら思う切欠になる。

 

では、彼らが求めているものは何だろう

否定でも、意見でも議論でもないのだ

 

ただただ

「うん、そうだね」という承認なんだ


それを愚直に繰り返すことで

信じられているという安心

人を信じて前へ行こうという意欲に変わるのかな。

 

その呪縛が気になり、前にいけない自分がある。

 

振り返らずに1年続けてみる、祖父母の墓にそう約束した。

 

「信じる」ってそんな生易しいことではないんだ

でも、自然と出来るべきことなんだ。

 

「なぜ俺が?親の代わりに、そんなことを?」

自分の中の悪魔は根が深い、と嫌になる。

 

 

自己管理そういわれても

千切れそうな気持ちをつなぎとめることにだけに終始し

疲れ、眠りに逃げ込む

日々だった気がする。

 

 

潜在的な苛立ちが

人前では落ち着いてできることを

 

一人では出来ていないことが多くある。

1秒2秒を焦り

中途半端にほったらかすして、完結する

 

急ぐ必要はないはずだ

何事も20秒一拍

ニコニコと緩やかに

こなすことにしよう

 

 

まだきっと、終わらない

 

でも

まだきっと、終われない。