今日はとっても肌寒い1日となったけれど、和歌山では入学式がチラホラ見られました

ご入学
おめでとうございます🌸
"おじょう"の学校も今日は入学式

(我が家は入学は関係ないのだけれど……
)
)わたしも来賓としてエラそーな場所に着席

入学式はPTA代表の祝辞はないので、とっても楽しく気楽に座っていられました

わたしもこの学校での生活は16年目を迎えました

だから子どもたちそれぞれの成長を間近で見られる入学式はうれしいです

そしてわたしの16年の成果

子どもたちと一緒に校歌も手話付きで、3番までフルコーラス歌えちゃいます



わたしってすごいなぁ~と自画自賛しながら、今日も来賓席で一緒に歌っておりました







幼稚部・小学部・中学部・高等部・専攻科の3歳から18歳までが一緒に行う入学式

あったかいです

校長先生も
「子どもたちに何かを残そう」
とあれこれ考えてくれています

今日も手品が飛び出しました

聞こえにくい分、視覚を通して感情に働きかけようとしてくれます

感情の乗っかった「ことば」が一番、生きてることばだと考えられてるからです。
「うれしい」ってことばを覚えたとしても、そこに感情が乗っていなければ、本当にうれしいときに「うれしい」ということばはでません。
そんな積み重ねを、子どもたちも先生たちも積み重ねています

もちろん我々親も……
でもそういうことを理解できるまで
私たちも、先生たちも時間がかかります

わたしは幼稚部入学の時
幼稚部入学=ことばがしゃべれる
って錯覚してたんですよね

だからものすごくはりきっておりました
でも……
期待するとね……しんどいのです

そして期待すればするほど、自分が思う結果が得られない場合、ますますしんどくなるのです

親がしんどいと、子どもたちもしんどくなります

そしてそんな状態だったから次は
小学部に入学=何かが変わる
って錯覚してたんですよね

しんどかったことから小学部に行くことで、親子ともに解放されるって

根本が変わっていないのだから
何にも変わるはずもなく
そこでまた期待すればするほどますます
「しんどい」の波がおしよせます

その時その時で色んなことを期待しながら、新たなスタートを切ってきたけれど、そこには
「誰かになんとかしてもらいたい」
「わたしががんばらないと」
「やるのが当たり前」
「しゃべれる=成長」(勝手な思い込み)
そんな支離滅裂な状態だったのだと思います

結局自分のなかにある「もの」に気づいて、癒して、解放して
自分と向き合う作業となったのですが……
そして「自分のなかの楽しい」を思い出して、「楽しい」を取り戻す……そんな感じで今あるように思います。
まぁ……
今でも時々"おじょう"とはバトルを繰り広げておりますが

それもわたしたちにとって、一つの気づきのための、コミュニケーションです

コミュニケーション大切です

コミュニケーションがとれるとか取れないとかではなくて
コミュニケーションを取ろうとするかしないか。
でも話が通じないことが多くなると
自然と「あきらめ」が出てきて
コミュニケーションを取ろうとしなくなります。
それは聞こえてる聞こえてない関係なく。
学校に守られているあと数年。
ここを旅たつときが来るのは、想像つかないけれど、でもいつかは社会に出て行くときがやってきます。
短くて18年間……あと2年

長くて20年間……あと4年

自分の人生を自分で創っていけるよう
いっぱいコミュニケーション
楽しんでいこうねぇ~

と改めて思った入学式でありました

