昨日広まるといいなぁ☆と思いながら
手話について書いてみたのだけれど…

1歳のときに聴覚障がいが発覚し現在高校生の"おじょう"やその周りを見てきて
わたしが感じたことをちょっと書いてみよう…かな…と…

思って書き始めたのだけれど…
伝えたいことが…
分かってほしいことが…
いっぱいありすぎて
まとまらず
まだまだ書けそうにないので

本日
たどりついたまとめを

わたしの中では
(あくまでもわたしの中)

『聴覚障がい=手話会話』
ではないんですよね。

なんでもいいんです。
伝えよう、会話しようっていう思いを持って接してくれたら
そして
"おじょう"自身も
「自分には分からないから…」ではなく
どんどん人と関わってくれたら


確かに
手話がある方がコミュニケーションもスムーズに取れるし、行き違いや勘違いを防げるところも大きい。
"おじょう"にとっても「手話」や「指文字」はなくてはならない「ことば」なのだけれど

関わってくれようとする
自然な気持ち
伝えようとしてくれる思い
が一番うれしい

「聞こえにくい人とどう話をしたらいいのか分からない」
「しゃべってみよう」
「伝えてみよう」
になってくれたらうれしいな

そんな
「コミュニケーションを諦めない気持ち」
が一番うれしいのかな。

↑ これは"おじょう"に対しても思うこと

実際のところ
同じ屋根の下で暮らしている
"おら"はこのあたりがちょっと苦手

手話も「使えるのに使わない」
「伝えられるのに伝えようとしない」
「分からない」と思いたい気持ちはよく分かる。
兄弟の中での葛藤もあるし
育ってきた環境を振り返ると
それも理解できるところは大きい

"おら"のこのあたりの成長のサポートは、わたしの課題でもあるかな


聴覚障がいは、本当に人それぞれなのでとっても分かりにくいと思うけれど
コミュニケーションにちょっと意識が必要なんだということを、理解してもらえたらうれしいな



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"おじょう"の耳


…今日も整骨院で
「過保護の意味を伝えきれなかったんです」
という先生のことばがうれしかった
色々伝えようと頑張ってくれていたのが聞こえてきたから

ちょっとめんどくさいときもあるけれど
やっぱり「伝わる」とうれしい。

だから
どんな障がいがあっても
お互いの思いが伝え合える世界が

広まるといいなぁ~