"おじょう"が通うろう学校は
1歳くらいの赤ちゃんから
20歳になる専攻科の生徒さんまで
幅広い年齢の生徒さんたちが、各学部に分かれて学んでいる

通う形態は各学部や個人個人で異なるけれど、小学部に入学したら地域の学校と、授業形態は全く変わらない

"おじょう"は1歳の頃からろう学校のお世話になっているので、早いものでかれこれ14年近く通っている





だから今日卒業を迎えた
高等部・専攻科の生徒さんの何人かの幼い頃をよく見てきた

本当にりっぱに成長していて
とってもうれしい

もちろん
そのお母さんたちとも仲が良くて…
なんだか淋しいなぁ~

改めて
おめでとうございます
祝辞を考えたり、舞台の上で言うことに抵抗はあるけれど、やらせてもらえることに
感謝の気持ちでいっぱいになった、卒業式だった

新たな旅立ちの空気はとってもパワフルできれいというか…「祝福の場」の幸福感に浸らせてもらった

ろう学校は人数が少ないので
卒業証書も
「以下同文」
ということばはなく
一人一人卒業証書を読んで渡してくれる

卒業生の「卒業のことば」も一人一人が演台にたってみんなに向けて話す

あったかいんです

(体育館はかなりの寒さだったけど)
みんな元気いっぱい
夢いっぱい
羽ばたいてほしいなぁ~





夢をどんどん実現させてほしいなぁ~





今回『祝辞』を贈らせてもらうにあたって
手話をどうするかすごく悩んだ

絶対泣くから
「手話をつけては読めない」自信があったから

案の定涙やら鼻水やらで大変だったのだけれど…

でも…
初めて参加した「聴覚障がい児の大会」で、対面にいる"ろうの青年"に、質問だか感想だかをを述べたとき、その青年が真剣に見て話を聞く相手は"手話通訳さん"だった

わたしはその青年の正面にいて、青年を見ながらしゃべってるのに、その青年は横を向いて手話通訳さんの話を一生懸命聞いていた

すごく不思議な感覚だった。
「そういうことなんだなぁ~」
っておもった瞬間だった。
我が子でもことばが通じない…
そういう世界。
人を介さないと通じないかもしれない世界
自分のことばで思いを伝えるには
"おじょう"の場合手話が必要になってくる…
だからといって必死になって手話を覚えたり学んだりしてこなかったわたし

「手話ができます」
と言えるほどではないのだけど…
"おじょう"に思いを伝えるのは
「なんちゃって手話」
やっぱり手話は欠かせない

"おじょう"がかなりがんばって、わたしの意を汲んでくれてると思う

行き違いも多いけれど

さてさて
来週はいよいよ
"おじょう"の卒業式





祝辞の手話…どうしたものかなぁ~

今日以上に
鼻水と涙まみれになるだろうから…
やっぱり
先生に通訳おねがい…するかなぁ~


