先日
主催している養成講座のメンバー8名で
東京開催の「デフリンピック」を観戦してきました。

デフリンピックとは
聴覚障害の方の大会で
パラリンピックより古い歴史があります。

私は子どものころから
手話でのコミュニケーションを見ると
心が癒される感じがありました。

友人から
「日本で開催されるよ」と聞いて
すぐに「行ってみたい」と思ったんです。



観戦したのは
女子バレーボール
ウクライナ vs カナダ戦。

第一印象は
「本当に耳が聞こえない選手の
試合なの…?」という驚きでした。

動きの速さ
状況把握の鋭さ
息の合った連携

まるで
“音が聞こえている”かのようでした。

きっと選手たちは
空気の揺れ
相手の気配
ボールの距離感など

耳以外のすべての感覚で
世界をキャッチしている。

私にとっては
「特別な感覚」なのに
誰かにとっては「普通の世界」。

その事実に触れたとき
自分の世界が
少し広がったような
不思議な感覚になりました。



そして最も心を揺さぶられたのは
カナダチームの国歌斉唱。

手話で歌い始めた瞬間
涙が出そうになるほど
胸が震えました。

声で歌う人。
手話で歌う人。

その瞬間
「聞こえる/聞こえない」という
境界線が静かに溶けていったのです。

「私たちは
ともに歌うことができる。
それぞれの方法で。」

そんなメッセージを感じて
胸があたたかく満たされていきました。



観客席にも
手話で会話する人が大勢いて
その空間にいるだけで
とても心地が良かった。

ふと
甥っ子が2歳半のころの
ある出来事を思い出しました。

甥っ子は、ちょうど
言葉でのコミュニケーションが
取れるようになったころで。

それはそれは
延々としゃべり続けるので笑

甥っ子が話しているのを
私は家事をしながら
彼の顔も見ずに適当に返事をしていました。

ふと彼の方を見ると
甥っ子はとびきりの笑顔で
さらには私の顔をまっすぐに見て

「これ、おいしいよ!」と
おやつを見せてくれていたんです。

その瞬間、大切なものを
無意識にこぼしそうに
なっていた自分に気づきました。

言葉でコミュニケーションが
取れることにかまけて
大切な人を蔑ろに扱ってはいないだろうか。

私は、言葉だけではなくて
相手の表情や、声のトーンなど
言葉以外のいろんなところから出ているものを
感じ取って生きていきたいって思ったんです。

相手のことをまっすぐにみて
相手を感じようとすること。

手話でのコミュニケーションを観ていると
そういう「姿勢」を感じることがあって

子どもの頃から理由もわからず
「手話って好きだな」と思っていたその答えが
やっと腑に落ちた気がします。



観戦のあとは
メンバーとゆっくり語り合う時間もあり
それも含めて
とてもすてきな一日でした。

いまEssentiaでは
「言葉以前の世界に触れること」を
大切にしています。

デフリンピックでの体験は
その学びと深く重なり
心から満たされる時間でした。



うき|暮らしのスコレ
@olto_f

暮らしのスコレは、心をととのえ
素直な自分で生きていけるようになるための学びの場。

あなたの暮らしや
そこで味わう感情を見つめ直すことで
「よりよく生きるには」を探求しています。

いま、4期生の募集がスタートしています。

まずは相談会にて、お一人おひとりと
ゆっくりじっくりお話しています。

相談会のお申し込みは公式LINEより🕊️
https://lin.ee/XmmKuYKP