ただいま、おかえり -14ページ目

ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

A さんは、結婚 15 年で小学生の娘さん 2 人を引き取り離婚した。
それまでは、専業主婦で若いお母さんなりに育児を楽しんでいた様子だが、社会経験が乏しかったため、離婚後の就職は困難を極めた。

とにかく社会で実績を積もうと、コールセンター、短期事務作業等々を経て、IT 企業へ就業するようになる。
IT バブル全盛期であったため、仕事は忙しくまた経験値が低かったため、残業が増えてゆく。

娘さんはそれぞれ体育会系の部活に入り、活発にスポーツを楽しむようになるが、困ったことに段々お母さんの帰りが遅くなり、食事に困るようになる。
夕方に温かい食事が用意されることが減り、前日深夜に作った大鍋のシチューや煮物を、翌日鍋ごとあさるように食べるようになる。

A さんは、必死で努力をしたつもりであったが、疲労は蓄積され十分に食事の支度ができなくなる。
冷凍庫にはいくつかの冷凍食品が常備され、パンなども買い置きされるようになる。
お釜のご飯も切らさないよう努めた。
娘さんたちはお腹が空くと、家にある食べられるものを自分で用意して食べた。

家に帰ってきても、お母さんが「お帰り」と迎えてくれるわけではなく、食事も粗末となり、だんだんお母さんへの不満が膨らんでくる。

上の娘さんが高校生に進学すると、お弁当が必要になるが、学校に学食があったため、お弁当を作ってもらったことはほとんどない。
数百円のご飯代をもらっていたが、先輩の目が気になったため学食は使わず、惣菜パンなどを買って済ませた。

A さんは心に葛藤を覚えるが、ここで給料を下げるわけにいかず必死で働く。
娘さんの気持ちにでき始めた隙間と、お給料と、、
本来は、天秤にかけられないことだが現実は厳しい。
働けば、手当ては減り、さらに働く必要が出てくる。
娘二人を何とか卒業させなくてはと、気持ちが焦るが誰にも頼るわけにいかない。

A さんは体を壊すまで働き続けた。

A さんが専業主婦だったころは、手料理をよく作り、できる努力は挑戦した。
ところが、娘さんが成長した後言うことには、

「お母さんの料理はまずい」
「料理をちゃんと作れるのか」
であった。

A さんは心外であった。
馬車馬のように働いていたときは別として、専業主婦のころは、手をかけて料理を作った。
それはなかなかの腕前だと自負がある。

それをあっさり「まずい」とは、いったいどういうことなのか。
始めは憤りを感じた。

しかしである。

子供の胃袋は食べ物と愛情によって満たされる。
これはどちらが欠けても、何らかの支障が現れるものである。
愛情のある後押しと、十分な温かいご飯は成長期には必要だ。
それは仕事が忙しいでは済まされない一大事である。

娘さんたちは、その一大事を消失したのだ。
それは目に見えない傷となって、しっかり残っているのだ。
食事は空腹を満たすもの、、、だけではないのである。

成長期だからこそ、かけがえのないものであったのだ。
その後 A さんは数年かけて、お互いが消失したものを知ることとなるが、後悔先に立たずである。
子育てには精一杯の努力を持っても、それ以上の力が必要なことがあるのだ。
母子家庭であればなおさらだ。
ただただ悔やまれてならないが、過去を変えることはできない。

A さんは、これから作る食事に、消失しものを取り返す力を注ぐ努力をはじめたそうである。
防寒について考察したいと思います。

真冬でも、薄いアウターを羽織って、見るからに寒そうな C さん。
毎年真冬になると、見ている方が寒さを感じる。

彼女は、幼いころ両親が離婚し、離婚と同時に母親の実家で、祖母、母親と暮らし始めた。
母親と祖母は非常に仲が悪く、母親は育児放棄状態で、C さんの身の回りの世話は祖母が行った。
知る限り祖母の代からの機能不全家庭のようである。

C さんは、たくさんの傷を心に負っており、このたび具体的にご自身の傷と向き合う治療を受けることを決断した。

ふと C さんの姿を見て、「彼女は自分の体を寒さから守るために必要な温度を知らないのではないだろうか」という疑問が浮かんだ。

私は、次に C さんと会った際、思い切って聞いてみた。
「ねえ、C さん、もしかして小さいころ、寒さから身を守ることを教えてもらっていないんじゃないかしら」

C さんはきょとんとした顔をしていました。
私の言葉の意味が分からない様子でしたので、説明をしました。

寒さや、疲労や、痛みにはそれぞれ限界があって、それに見合った対処が必要で、たとえば寒い場合は、自分にはどれだけの温かさが必要か、それにあった防寒をするものなのよと。

彼女は考えたこともなかったと言いながら、少し目が潤んだ様子で、
「そーかー、あたしは知らなかったんだあ」と、しみじみつぶやいた。

人の多くは小さいころ、
「寒かったね、大丈夫?」
「風邪ひかないようにね」
と、母親やそれに代わる保護者から、寒い時に上着を羽織ったり、ストーブなどで体を温めることを教わる。
その際、「寒かったね」と寒さに対する共感を得て、初めて自分を守ること、自分の体をいたわることを覚えるのである。

C さんは一度もそのような経験がない。
寒いねと、母親に抱きしめられ、温かさが心地良いことを経験したたことがないのである。

実は私もない。
そのため、自分に必要な温度を知らなかった。
状況に応じた防寒を適切に行うことができなかった。

私は寒さに対するトラウマからか、冷えすぎると体が過剰反応を起こすようになった。
C さんは、真冬でもガタガタ震えながら、ペラペラのアウターを着ていた。

些細なことかもしれないが、人は自分の思考の外側にあることには、目が向かない限り、なかなか気づけないものである。