自己犠牲と心の闇 | ただいま、おかえり

ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

M子さんは、自己犠牲の人生が美しい生き方だとお母さんに教わった。
自分のことより、人のことをまず第一に考えるよう、厳しく躾けられた。

だから、子供が生まれてからは、一切自分のやりたいことを我慢し、欲しいものも一切買わず、一心不乱に自己を投げ打って、子育てに没頭した。

それが母親の美しい生き様だと信じていた。
ところが、5年ほど過ぎた頃から、体が疲れやすくなり、7年目、深夜に突然パニックの発作を起こした。
初めて診療内科を受診したM子さんに、医師は
「今まで我慢しすぎたね。今まで生きてきた年数分、まずはしっかり休みなさい」
と。



M子さんは、何かがフツと切れたように、布団から起き上がれなくなった。
もう休んでも良いという言葉に救われたのかもしれない。
しかし、M子さんの家族は違った。

夫はアイロンのかかっていないワイシャツをM子さんに投げつけ
「何でアイロンくらかけられないんだ!」
と怒鳴りちらし、子供はお腹が空いたと泣いた。

M子さんは困惑した。
医者から休めと言われたのに、この家族は私を一体なんだと思っているのだろう?
休めと医者に言われても、誰も私を助けてくれないの?
挙句、夫は女性の家に入り浸りとなり、子供達はパンの袋を抱えて飢えをしのいだ。
M子さんは、何を食べたか覚えていないそうだ。

M子さんの家族は、M子さんがどうなっても、自分たちのために日常の役目を果たしてくれると思っていたようだ。

自分が自分に圧力をかけて生きている、我慢して生きているなど考えたこともなかった。

M子さんが「もっと自分をさらけ出して、生きて良い」ことを学び始めた頃、突然絵が描きたくなった。

それまで絵など描いたことはなかった。
しかし、無性に何か描きたくなった。

学生時代に使っていたスケッチブックを広げたところ、意図せず手が勝手に動き、一枚のパステル画が出来上がった。

それは、三日月の陰影に、5歳くらいの、赤いリボンをつけた女の子が、遠慮がちな眼差しをこちらに投げかけている絵だった。

M子さんは愕然とした。
それは、紛れもなく幼少の頃のM子さんだった。

「ねえ、私はここにいるの。もっとちゃんと私を見て」
と言っているような絵だった。

M子さんは、何時間もその絵を見つめて涙を流した。
それを機に、M子さんは何枚も絵を描き続けた。
出来上がった絵は、赤いリボンの女の子が多く登場した。

半裸で地面に埋まっている絵や、蜘蛛の糸をたどって光の方向に向かっている絵など。
黒や茶色、深緑などの色調は、彼女の心の暗部を表しているのだろう。

絵が出来上がると、何時間でもその絵の中に描かれた自身の姿を見つめては、涙を流していた。

そして黒い絵の中にいる自分に向かって言った。
「苦しかったね」

M子さんは、お母さんに共感してもらったことがない。
痛いときの辛い気持ち、怖い時の不安な気持ち。
お母さんは、常に子供を突き放すような言葉を投げつける人だったそうだ。

その言葉が作ったM子さんの心の闇が、その絵に描かれていた。

心は目に見えないので、養育環境によってどれだけのダメージを受けたか、どれだけ大きい傷があるか目に見えない。
だから人は、心が受ける影響に無神経になる。

しかし、M子さんの絵は、心にこそ目を向けることが、どれだけ大事かをものがたり、養育者からの共感こそが人を育てることを痛感せずにはいられなかった。

M子さんが、パニックの発作を起こして20年。
妥協せず、治療を重ねた。

そしてやっと、闇を晴らす力が備わってきたそうだ。

毒親育ちの治療は、目に見えない暗部に手探りで光を当てるため、とても時間がかかる場合がある。
その闇は、顕在化されておらず、本人すら気づいていない場合が多いためだ。
見えてきた気持ちに、丁寧に対処してゆく。
しかし、続けて行けば、必ず核心にたどり着ける。

何年かかっても、勇んで治し、残りの人生を価値的に生きれば、病んだ歴史が宝になると思うのである。