貧乏のトラウマは人を縛りつけることがある | ただいま、おかえり

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山田花畑の番外編

虐待の背景にあり、トラウマとなって人の気持ちを長いこと縛る事実がある。
それは貧困である。

この問題は、意外と知られていないことと思う。
虐待が発生する家庭の貧困問題については、ようやく社会的に光があたるようになってきたが、これはあくまでも社会問題であって、貧乏が心に与えるダメージについては、問題にされていない。


M子さんは数ヶ月苦闘していた。

治療が進み、今までの人生の不幸の原因はすべて自分にあると思い込んで来たが、そうではなかったことが理解できるようになった。しかし。
なかなか前に進めないのだ。

ここしばらく M 子さんは職が安定しなかった。


世の中 M 子さんのような人が増えているとは言え、翌月からの収入の見通しが無いと言うことは、非常にストレスフルな状態である。

それはまるで貧乏神にでも取りつかれているような心境だったと言う。
しかし話を聞くと、本当に貧乏神に溺愛されていたのではないかと思える状態だった。

思いもかけず、職を失った時のことである。
M 子さんは以前から、欲しいと言えず、欲しくても買えずと記事に書いたことがあったが、外に出ると、誤ってお金を使ってしまうのが怖くて、買い物に出かけることはあまりなく、代わりにインターネットで買い物ごっこを楽しんでいた。

目に留まった物があると、気軽に買い物かごに入れたり出したりを繰り返し、結果大したものは買わないのである。

ところが、なかなか仕事が決まらなかった時、買い物ごっこが恐ろしくてできなくなったと言う。
お金が無いから買ってはダメ!
ダメダメダメダメと言う気持ちが大きくなって、買い物ごっこを楽しめない。
それが強迫観念となって、疾風のように追いかけてくるのだと。

現実的にお金が無ければ買い物はできないが、買い物ごっこまでやめる必要はなく、自分を追い詰める必要もないのである。
仕事が決まらないことと、買い物ごっこは全く関係が無いのである。
が、そう思えない。

そして、無一文になる恐怖を思い描いて、胸がつぶれるような気持ちになっている。
大きな物音にビクつき、眠りが浅く、汗をかきやすくなっている。

そんなある日、面接の知らせが来た。
それはとても朗報であったはずなのに、M 子さんは素直に喜べず、恐ろしくて仕方がない。
前向きに臨めば良いはずなのに、不採用で自分が落胆しているシーンを思い浮かべている。
明らかに、 M 子さんの意志とは違う方向に自分が向いてしまっていると言うのだ。

なぜ自分自身の近しい未来に希望が持てないのか、ビクビクしながらも不思議に思った。
そして気が付いたのだ。

M 子さんは貧乏なために、必要以上の落胆を数えきれないほど味わってきたのだ。
落胆の数が多すぎて、ポジティブなイメージを抱くことができなくなっていたのだ。
人の心に大きなダメージ与える貧乏の程度とはどの程度なのだろうか。
それは、衣食住にかかわる不足を必要以上に味わった場合と考えて良いと思う。

たとえば眠るのに最低限必要な温度であったり、活動に支障のない食事や、清潔な衣服、標準以下でも構わない。
みじめで涙が出ない程度にあれば良いのだ。
そして、もし貧しくて "無いこと" の心の不自由が子供を傷つけないよう、親が愛情を注げば、問題はさほど大きくはならない。

しかし、"無いこと" のみじめさを押し付けられたらどうだろう。
物心ともに満たされず、贅沢は望んでいないのに、理不尽な不幸を味わうことになる。
具体的には
「みんな我慢しているんだから贅沢言うな」
とか、お金がないことで両親が争ったりすることなど、気持ちが孤独になるような言葉や空気によって苦しみは増長される。

その時、子供は言い知れぬ解決不能な敗北感を味わう。

このような生活環境は、改善されない場合が多いので、子供は少なくとも20年近く、この環境で生きなくてはいけない。
そして染みついた負のスパイラルからなかなか抜け出せないのである。

M 子さんは気が付いた。
貧乏神から、自尊心を奪われていたことを。
貧乏神は、暗黒の両腕を広げて、M 子さんの敗北を待ち望んでいることを。

M 子さんはぬいぐるみを抱きしめた。

怖かった!私は貧乏神が怖かった!
貧乏に取りつかれていた!
たかが貧乏に、こんなに気持ちが苦しくなっていたなんて!

自分の心に気が付いたとたん、嗚咽がこみ上げた。

こみ上げてきた声を出そうとした時、ウニの殻が喉から出るような痛みを感じた。
激痛がしたが、大きな声をあげて泣いた。
長年の恐怖と我慢が一気に噴き出た。

そしてその陰に潜んでいた怒りも噴出した。
M 子さんはクッションをソファに並べて、思い切り叩きはじめた。
出ていけ
出ていけ
出ていけーー
もう、そばに寄りつくなーー!!

一心不乱にクッションを叩いて泣いた。

しばらく泣いて、ぐったりした。
本当に全力で何かを取り除いたような疲労感に襲われた。
いや、きっと本当に何かが出て行ったのだろう。

どんな理由があろうとも、理不尽に甘んじる必要は絶対にない。
どんなに人生で長いこと、理不尽な環境におかれたとしても、一生苦しむことはない。
望んでいない人生に甘んじる必要はないのだ。

心の問題を解決してゆく途上において、影響を受けていた理不尽な環境と、意図的に対峙するチャンスを逃してはいけないと思った。

M 子さんは、また一つ自由を勝ち取った。