言葉は刃物になる | ただいま、おかえり

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山田花畑の番外編

F さんと話をしている時に気が付いた。
私の話を真面目に聞いてくれていると思っていたが、別のタイミングで全く聞いていないことが分かった。

あれほど言ったのに、どうしてわかってくれないのか?
と不思議に思ったが、F さんに限らず、ある特定の条件をもった人に同様に見られる現象ではないかと思うようになった。

別に F さんは、不真面目なわけではないのだ。
聞く気が無いわけでもなさそうである。



話が伝わらない人に共通して見られたことは、過去に言葉でひどく傷ついたことがある人だと言うことである。
たとえば、成育環境において、日常お母さんが口うるさいとか、お父さんが口汚いなど。
また、必要な言葉をかけてもらえなかった場合も、同様に見受けられる。
継続的に、何度も失望するチャンスが多かった場合に顕著であるようだ。

一般的に言葉とは、コミュニケーションのツールであるが、上記のような環境における言葉の位置づけは、刃物と同等である。

人の心は目に見えないのでわかりにくいが、心の傷は外傷と同様に痛みやダメージがある。
そして厄介なことに、外傷のように自然治癒はしない場合が多い。

なので傷を負ったら、その傷は心に蓄積される。
外傷のような痛みはないが、心臓がドキッとしたり、涙が出たりする。
悲しい、悔しいなどの感情を伴うものも多い。

そして防衛本能が、傷を負わないよう働き、刃物 = 言葉をよける。
したがって、言葉で傷ついた経験を持つ人にとって、言葉は刃物でしかないため、一般的な言葉がけが伝わりにくい。

もちろん伝える側の力量の影響もなくはない。

が、この現象がどうやら本当であるらしいことを、F さん本人が自覚したのだ。
F さん自身、人の言葉が受け入れられないことを、不思議に感じていたようだ。
なぜだろうと考えて、自分が多くの言葉に傷ついたため、言葉を拒否していると実感したのだ。

なるほど、他の人にも合致しているかもしれないと、あてはめて考えてみると、みな、何かしらの共通点が確認された。

言葉で傷ついた人は、自身の傷を癒すことによって、言葉を言葉として受け入れる力を得てゆく。
F さんは、治療を継続することにより、ゆっくりと、言葉を心に刻めるようになってきた。

人の行動には、何かしら理由があるものである。