生きることで手一杯で、夢が描けない子供 | ただいま、おかえり

ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

虐待を受けた子供は、その存在を否定されることが多々ある。

そのため、自分がここにいて良いのかいつも疑心暗鬼になる。
自分はここにいていいんだろうか、じゃまではないか。

本来その存在は尊く、大切にされるべきものだ。

しかし、気づけばいつも周囲に気を使い、周囲の目を気にし、出過ぎた存在にならないよう細心の注意を払っている。

毎日息が詰まるような思いを抱えながら、早く大きくなりたいと切実に思っているのである。
しかし、明日に希望がないため、将来の夢が描けない。
現実離れした夢物語はいくらでも描くことができるが、自分が生きる為に何で食べてゆくかを考えることができない。

必死で考えてみるのだが、ピンとこないし、出過ぎた存在にならないために使ってきた気持ちが、こんなところで邪魔をするのである。
自己主張を許されなかったので、将来への希望を考えるとき、自己の希望を強く持つことができないのである。

ただ一つ現実的なことは、地獄の生活から離れたい、早く独立したい。
それがただ一つの切実な願いなのである。
なので、これ以上の夢を抱くことができないし、自分の人生のレールを敷くことができない。
ダメージの大きい子供はなおさらである。

私はいったい何がしたいんだろう。
本当は、誰かに見てほしい。
本当は力を発揮したい。

しかし、自分らしく、、、といったことがわからないのである。
いったい私は何?
何がしたいの?
どんな風に生きたいの?

ある時こんな答えを聞いたことがある。
安心して、温かい布団でぐっすり眠りたい。

この子は、安らかな気持ちで眠ったことがなかった。

力強く未来を勝ち取ってほしいと、願うばかりである。