雑記としか言いようが無い
千
今日、初めて「千と千尋の神隠し」を全部見た。
いままでチラッと見た事はあったが、全部を通しで見たのは初めてだ。
やはり絵が素晴らしい。
あの絵で2時間の映画を作ろうとすれば、それはそれは恐ろしい作業が待ち構えている事は容易に想像できる。
今後あのクオリティで2時間映画を作れる会社が日本に現れるのか、正直疑問だ。
単に作画能力が高いだけではなくて、それ以外の色々な事が全て揃わないと作れないだろうけど、そういうものを揃えられる存在が現れる事を願うばかりだ。
「おまえがやれ」と言われそうだけど、それはさすがに無茶振りにも程がある。
とりあえず、人間の顔すらまともに描けないので、まずはそこからだ。
しかし、一生掛かっても、ジブリ映画に出てくる背景のモブ1人すら描けるようになれそうも無い。
でも、人間が描いている線なのだから、同じ人類の1人である私が描けない物理的な理由は無い。
つまり模写なら出来るし、模写しか出来ない。
模写する気は無いけど。
一流のものを作りたければ、一流の作品を見ろ、と言われる。
手塚治虫は一流の映画や音楽などを見聞きしろと言った。
ただし他人の漫画は真似するな、とも言った。
なかなか難しい話ではある。
私の絵は手塚治虫と赤塚不二夫の影響を受けているし、そもそも何の影響も受けずに描くなんて無理だ。
ただ、影響を受けるな、では無く、真似するな、であるから、それなら可能だ。
それが世間に受け入れられるかどうかは分からないけど。
一流の漫画を読むと、試されている気分だ。
「この作品とライバルとなり戦うだけの力がお前にあるのか」と言われているようだ。
何をするにも全て、その問いが付きまとう。
「過去を乗り越えられるだけの力がお前にはあるのか」
過去の作品がデジタル化され、永久に残る時代になった今、今から何か創る人間は、過去の人類全てを乗り越えなくてはならない。
個人の才能だけでそれをするのはもはや難しく、組織として何かを作らないととても太刀打ちできない。
私がいくら絵を描いても、過去の画家に遠く及ばないし、新しいものを描く事も難しい。
そう考えると、絶望的に思えるが、絶望を忘れない限り、希望は見つけ出せる。
絶望する事を諦める時が本当の絶望だ。
と言っても、希望的な具体策は全く持って不明だけど。
まあ、未来は誰にも分からないので、嫌な未来を予測して暗い気持ちになるよりも、何とかなる方法を探し続ける方がよほど楽しい。
謎だらけ
全くもって謎だ。
一体私は何を考えているのかさっぱり分からない。
他人の心が分からないのは当然としても、自分自身が何を考えているのかも正直言ってほとんど分からない。
分かる必要も無いのかも知れないけれど。
絵を描こう
天才バカボン?
天才バカボンを記憶だけを頼りに描いて見た。
中学生の頃はよく描いていたが、最近は全然描かなくなったので、すっかり記憶の彼方に追いやられてしまっている。
余談だが、ペンタブレットのツルツル感に未だに違和感を感じる。
ペン先を滑りにくいものに交換すれば改善されるかも知れないので、今度色々な素材でやってみよう。
いろいろ走り書きをして、それを元に色々アイデアを出してみよう。
子供
5歳。女。髪は黒髪で肩まで伸びている。気が強く負けず嫌いでお洒落。お金持ち。少し強引。真っ赤なリボンがトレードマーク。
右手に何か持っているのか、握り締めている。
これからどこかへ行くのだろうか。
見上げる人
上を見上げる4人。
左上、男、10代後半、赤髪、くいしんぼう。中央、男、10代後半、こげ茶色の髪、元気、左下、女、10代後半、黒髪、まじめ、右下、女、金髪パーマ、おっとり。
4人組は幼馴染で、空に関するイベントに遭遇。
花火か、流れ星か。
視線からして、幾つかのポイントでそれが発生している様子。
複数の花火か、流星群か。
それとも、人工物の中で、例えばプラネタリウムでも見ているのかもしれない。
立ち話する3人
左、女、20代、青い髪に、水色のワンピース、白い靴下に、青い靴。中央、男、10代後半、茶色い髪、左の女性の話を来ていてる。右、女、10代後半、緑色の髪、前に進もうとしている。
手前に何かあるのか。
左の女性が真ん中の男に話しかけて、行くのを止めようとしているように見える。
右の女性はそれを聞いていない様子でそのまま進もうとしている。
それを真ん中の男が手で遮って止めようとしている。
こうやって走り書きを元に、思いつくままに、状況とかストーリーを考えるのも面白い。
そしてストーリーが出来てきたら、絵を清書するなり、絵とは関係なく物語りだけを描き続けたりすれば良い。
昔からこんな風にノートとかコピー用紙に山ほど描いてはその場で適当な話を考えて、そしてすぐに忘れてを繰り返している。
少しこのブログでもそれをやってみよう。
キッチリした絵ばかりだと肩がこるので、こういうラフな絵も描いていこう。
未来の知性はこんなものに興味を示すかな。
21世紀の人はこんな感じのモノは見たがるのだろうか。
こう言うものに需要があれば、これなら無限に描けるので楽なのだけど。
今はもっと複雑で重厚で論理的で長編の物語が好まれるだろうからね。
物語りも様々な理論や方法が開発されていて、それを大学などの専門機関でみっちり教育された人が世の中には山ほど居る。
そういう人にしてみたら、私の描くものなどゴミ同然だろうけど、今の私にはこれしか書けないのだからしょうがない。
気にせずいこう。
猫背
子供の頃から猫背で、「背筋を伸ばせ!!」とよく言われた。今でも言われる。
気を付ければ真っ直ぐになるけど、少し油断するとすぐに猫背になる。
猫背を直すベルトというやつが昔あったけど、あれでも付けてみるかな。
でもあれって、単に背中が曲がらないようにするだけなので、ものすごく不便な気もする。
絵を描いたりゲームをしたり、何かに集中したり逆にリラックスすると猫背が発動する。
猫舌に猫背、猫化が進んでいるのかな。
後は猫耳か。
未来の知性に向けた何か
このブログは21世紀の人間に読まれる事は極めて稀なので、さらに未来に向けて書こう。
遠い未来、緑茶やコーヒーはどうなっているだろうか。
私は緑茶を毎日飲んでいる。
1リットル用のお茶っ葉を2リットルの水に入れて飲んでいる。
未来の世界では、そもそも飲み物を頻繁に飲む事が無いかもしれない。
大気中の水分を自動的に体内に取りこんで水分量を調整できるようになっていて、水分を取る必要がなくなっているかもしれない。
ただ、緑茶くらいは古臭い嗜好品として残っているかも知れない。
ものすごくマニアックな趣味になっている気がするけど。
AIなら飲む事すら出来ないだろうけど。
厄介な問題を見つけた
このブログは未来の知性に向けて書く事を大きな目的の一つにしているが、その場合、わざわざブログと言う形で公開しなくても、テキストファイルを私のサイトにでも貼り付けておけばそのうちgoogleあたりが持っていって保存してくれる気がして来た。
またはzipで固めてオンラインストレージに保管しておけば、いずれ何千年後かにそれらのデータは収集されて分析される気もする。
その頃には21世紀のデータのプライバシーとか著作権とか言う事も問題にならないだろうから。
そう考えると、ブログ化する理由が一つ減る。厄介な問題だ。
今の所、毎日1・2人の人が見てくれているので、その人の為と自分で見たりする為にブログにする意味はあると感じているけど。
テキストデータをzipで固めてオンラインストレージにアップ、これだけでも目的の半分は達成できる事は確かだ。
今日、初めて「千と千尋の神隠し」を全部見た。
いままでチラッと見た事はあったが、全部を通しで見たのは初めてだ。
やはり絵が素晴らしい。
あの絵で2時間の映画を作ろうとすれば、それはそれは恐ろしい作業が待ち構えている事は容易に想像できる。
今後あのクオリティで2時間映画を作れる会社が日本に現れるのか、正直疑問だ。
単に作画能力が高いだけではなくて、それ以外の色々な事が全て揃わないと作れないだろうけど、そういうものを揃えられる存在が現れる事を願うばかりだ。
「おまえがやれ」と言われそうだけど、それはさすがに無茶振りにも程がある。
とりあえず、人間の顔すらまともに描けないので、まずはそこからだ。
しかし、一生掛かっても、ジブリ映画に出てくる背景のモブ1人すら描けるようになれそうも無い。
でも、人間が描いている線なのだから、同じ人類の1人である私が描けない物理的な理由は無い。
つまり模写なら出来るし、模写しか出来ない。
模写する気は無いけど。
一流のものを作りたければ、一流の作品を見ろ、と言われる。
手塚治虫は一流の映画や音楽などを見聞きしろと言った。
ただし他人の漫画は真似するな、とも言った。
なかなか難しい話ではある。
私の絵は手塚治虫と赤塚不二夫の影響を受けているし、そもそも何の影響も受けずに描くなんて無理だ。
ただ、影響を受けるな、では無く、真似するな、であるから、それなら可能だ。
それが世間に受け入れられるかどうかは分からないけど。
一流の漫画を読むと、試されている気分だ。
「この作品とライバルとなり戦うだけの力がお前にあるのか」と言われているようだ。
何をするにも全て、その問いが付きまとう。
「過去を乗り越えられるだけの力がお前にはあるのか」
過去の作品がデジタル化され、永久に残る時代になった今、今から何か創る人間は、過去の人類全てを乗り越えなくてはならない。
個人の才能だけでそれをするのはもはや難しく、組織として何かを作らないととても太刀打ちできない。
私がいくら絵を描いても、過去の画家に遠く及ばないし、新しいものを描く事も難しい。
そう考えると、絶望的に思えるが、絶望を忘れない限り、希望は見つけ出せる。
絶望する事を諦める時が本当の絶望だ。
と言っても、希望的な具体策は全く持って不明だけど。
まあ、未来は誰にも分からないので、嫌な未来を予測して暗い気持ちになるよりも、何とかなる方法を探し続ける方がよほど楽しい。
謎だらけ
全くもって謎だ。
一体私は何を考えているのかさっぱり分からない。
他人の心が分からないのは当然としても、自分自身が何を考えているのかも正直言ってほとんど分からない。
分かる必要も無いのかも知れないけれど。
絵を描こう
天才バカボン?
天才バカボンを記憶だけを頼りに描いて見た。
中学生の頃はよく描いていたが、最近は全然描かなくなったので、すっかり記憶の彼方に追いやられてしまっている。
余談だが、ペンタブレットのツルツル感に未だに違和感を感じる。
ペン先を滑りにくいものに交換すれば改善されるかも知れないので、今度色々な素材でやってみよう。
いろいろ走り書きをして、それを元に色々アイデアを出してみよう。
子供
5歳。女。髪は黒髪で肩まで伸びている。気が強く負けず嫌いでお洒落。お金持ち。少し強引。真っ赤なリボンがトレードマーク。
右手に何か持っているのか、握り締めている。
これからどこかへ行くのだろうか。
見上げる人
上を見上げる4人。
左上、男、10代後半、赤髪、くいしんぼう。中央、男、10代後半、こげ茶色の髪、元気、左下、女、10代後半、黒髪、まじめ、右下、女、金髪パーマ、おっとり。
4人組は幼馴染で、空に関するイベントに遭遇。
花火か、流れ星か。
視線からして、幾つかのポイントでそれが発生している様子。
複数の花火か、流星群か。
それとも、人工物の中で、例えばプラネタリウムでも見ているのかもしれない。
立ち話する3人
左、女、20代、青い髪に、水色のワンピース、白い靴下に、青い靴。中央、男、10代後半、茶色い髪、左の女性の話を来ていてる。右、女、10代後半、緑色の髪、前に進もうとしている。
手前に何かあるのか。
左の女性が真ん中の男に話しかけて、行くのを止めようとしているように見える。
右の女性はそれを聞いていない様子でそのまま進もうとしている。
それを真ん中の男が手で遮って止めようとしている。
こうやって走り書きを元に、思いつくままに、状況とかストーリーを考えるのも面白い。
そしてストーリーが出来てきたら、絵を清書するなり、絵とは関係なく物語りだけを描き続けたりすれば良い。
昔からこんな風にノートとかコピー用紙に山ほど描いてはその場で適当な話を考えて、そしてすぐに忘れてを繰り返している。
少しこのブログでもそれをやってみよう。
キッチリした絵ばかりだと肩がこるので、こういうラフな絵も描いていこう。
未来の知性はこんなものに興味を示すかな。
21世紀の人はこんな感じのモノは見たがるのだろうか。
こう言うものに需要があれば、これなら無限に描けるので楽なのだけど。
今はもっと複雑で重厚で論理的で長編の物語が好まれるだろうからね。
物語りも様々な理論や方法が開発されていて、それを大学などの専門機関でみっちり教育された人が世の中には山ほど居る。
そういう人にしてみたら、私の描くものなどゴミ同然だろうけど、今の私にはこれしか書けないのだからしょうがない。
気にせずいこう。
猫背
子供の頃から猫背で、「背筋を伸ばせ!!」とよく言われた。今でも言われる。
気を付ければ真っ直ぐになるけど、少し油断するとすぐに猫背になる。
猫背を直すベルトというやつが昔あったけど、あれでも付けてみるかな。
でもあれって、単に背中が曲がらないようにするだけなので、ものすごく不便な気もする。
絵を描いたりゲームをしたり、何かに集中したり逆にリラックスすると猫背が発動する。
猫舌に猫背、猫化が進んでいるのかな。
後は猫耳か。
未来の知性に向けた何か
このブログは21世紀の人間に読まれる事は極めて稀なので、さらに未来に向けて書こう。
遠い未来、緑茶やコーヒーはどうなっているだろうか。
私は緑茶を毎日飲んでいる。
1リットル用のお茶っ葉を2リットルの水に入れて飲んでいる。
未来の世界では、そもそも飲み物を頻繁に飲む事が無いかもしれない。
大気中の水分を自動的に体内に取りこんで水分量を調整できるようになっていて、水分を取る必要がなくなっているかもしれない。
ただ、緑茶くらいは古臭い嗜好品として残っているかも知れない。
ものすごくマニアックな趣味になっている気がするけど。
AIなら飲む事すら出来ないだろうけど。
厄介な問題を見つけた
このブログは未来の知性に向けて書く事を大きな目的の一つにしているが、その場合、わざわざブログと言う形で公開しなくても、テキストファイルを私のサイトにでも貼り付けておけばそのうちgoogleあたりが持っていって保存してくれる気がして来た。
またはzipで固めてオンラインストレージに保管しておけば、いずれ何千年後かにそれらのデータは収集されて分析される気もする。
その頃には21世紀のデータのプライバシーとか著作権とか言う事も問題にならないだろうから。
そう考えると、ブログ化する理由が一つ減る。厄介な問題だ。
今の所、毎日1・2人の人が見てくれているので、その人の為と自分で見たりする為にブログにする意味はあると感じているけど。
テキストデータをzipで固めてオンラインストレージにアップ、これだけでも目的の半分は達成できる事は確かだ。