雑記 | ゆうきの話

雑記

自己採点

絵の自己採点はいつも100点満点中10点くらいだ。

そして、10枚に1枚位、30点位の絵が描ける事がある。

せめて平均60点位にならないと、まともな事は出来ない。

少しずつでも上達していけば、いつか必ず60点になる日が来る。

昔描いた物をみると、今のもののほうが自己採点は平均的に高い点が付けられると思う。

少しずつでも上達しているらしい。

この調子で行けば、いずれ必ず合格点に到達する日が来る。

それまでは10点でも1点でも、とにかく描き続けよう。



銀杏が食べたい

これからの時期、公園などで銀杏が山ほど落ちているので、拾って来れば食べ放題だ。

その際の最大のハードルは匂いだ。

あと、食べ過ぎによる中毒。

今まで拾って来た事は無いけど、一度拾ってきて何とか食べられるようにしてみようかな。

私は苦味のある食べ物は昔から平気で、ピーマンとかニガウリも子供の頃から何の苦も無く食べられた。

一説によると、舌の感度が鋭いと苦いものがダメらしい。

色々なものを食べられるのなら、少しくらい舌の感覚が鈍くても良い。

苦いモノは平気でも、猫舌で辛いものが苦手なので、お子様みたいな舌だけど、最近は中辛のカレーなら何とか食べられるようになって来た。

もっと辛い物に親しめば、慣れて来るのだと思うけど、辛いものが好きな人と一緒に食事でもしないと、中々辛いものへの耐性が身に付きそうも無い。

とりあえず銀杏を食べよう。



絵を描こう

この一つ前の記事で昨日描いた絵の描き上がる様子を画像化してみた。

こう言うものを記録しておくと、後で自分が描き方を思い出す時に役に立つ。

描き方を忘れると言う事はよくある。

そのまま忘れても別な描き方を見つければ良いのだけど、思い出せたほうがより色々な事が出来る。

それ以前に、こう言うモノは定点観測の連続写真みたいで何だか楽しい。

アメブロは拡大写真の表示があまり速く無いので、拡大写真が連続的にスムーズに表示できる方法も欲しい。

自分のサイトでそういうコーナーを作ってもいいか。

ふと思ったが、みんな、どんな理由で絵を描いているのだろう。

もちろん、人それぞれ、と言うのが答えなのは分かっているけど、具体的には何を目的に描いているのだろうか。

私みたいに鍛錬が目的の人も居ると思うけれど、それ以外にも色々な目的があると思う。

趣味と言っても、目的があるはずで、サイトに飾ったり、仲間とのコミュニケーションに使ったり、描くと言う行為そのものが好きだったり。

趣味の世界は深い。

純粋に金銭目的で描く人ももちろん居るだろうけど、絵を描く人の99%が趣味だと思う。

だからみんな描くのを止めてしまう。

今描いている人で10年後も描いている人は多くないと思う。

私よりもずっと上手い人でも、簡単に描くのを止めてしまう。

勿体無いというか残念と言うか。

やっぱり何らかの見返り、金銭以外にも、精神的な何らかの見返りのようなものが無いと、どんなに好きでも続けるのは大変だ。

昨日描いた絵「お裁縫」は、描くのに10時間掛かり、そしておそらく1・2人の人に見られている。

そして他の人の描く複雑で綺麗な絵はもっと時間が掛かっていると想像できる。

それを描くモチベーションを維持するのは純粋な趣味だとやはり難しいと思う。

鍛錬とか言う訳の分からない理由を見つけない限り、一生描き続けるのは困難だ。

もちろん私の鍛錬は次のステップへの準備の為で、全く訳が分からないわけでも無いけど。

鍛錬のほかに、欲しいものを描く、と言うのが私の描く理由の大きな部分を占めている。

欲しかったら、まず描いて見る。

見てもらったり、喜んでもらえれば、それはとても幸せな事だけど、その段階に到達するのは難しかったりする。

私は未だにその段階に到達できていないので、更に鍛錬を積まないとならない。

まあ、見た人に聞いたわけでないから分からないけど。

ちなみに今、一番の鍛錬ポイントは髪の毛だ。

少しずつ髪の毛っぽく見えるものに近づけて行こうと考えている。

考えてみれば、今の髪の毛の描き方を漫画に直接応用するのは難しそうだ。

でも、絵本になら問題なく使える。

ほかにも、きっと何かに繋がると信じよう。

根拠は無いけど、こんな感じの絵を描く事はきっと良い事に繋がる気がする、ただの勘だけど。



メンテナンス

ブログがメンテナンスだ。

月に何度かメンテナンスが入るが、もう少しだけ短くはならないものかな。

メンテナンスのおかげでブログが正常に利用できるのだろうから、その事を犠牲にしてまで早くするべきではないけど。

私のブログの記事は、一度メモ帳に書いて、それを貼り付ける形でブログにアップしている。

だから、メンテナンス中でも問題無く書ける。

でも、しょこたんぶろぐはこれくらいの時間にまとめて読む事が多いので、今日は読めない・・・。

しょこたんぶろぐについては明日書こう。

私のブログは事実上、私のメモの倉庫と化している。

月に何度メンテナンスがあっても、データが保存されていればそれだけでありがたい。

このブログは、未来の知性に向けたデータが残る事が最優先事項なので。



未来の知性に向けて何か書こう

このブログは、遥か未来の知性に向けて書く事を大きな目的の一つとしている。

もちろん21世紀の人に読んでもらえれば嬉しいけど、未来の知性に向けると言う事も何だか楽しいのでそうする事にしている。

未来の知性というのは、人間に限らず、人工知能や宇宙人など、様々な知性を想定している。

その様な知性に対して、21世紀の人間の1人である私の価値観や思考などを伝える事はきっと意味のある事だと考えたので、その知性に向けて書く事にした。

って、この説明はこのブログで10回くらいしているけれど、たぶんこれは自分に向けて説明している。

忘れっぽいから。


急に寒くなってきた。

室温23.8度、湿度64%、外は雨だ。

21世紀の日本では天候は自由に操れない。

また、飲料水も雨水に頼っており、今年は東京では水不足だ。

冬場になれば水の消費量が減るので水不足も解消されるとは思う。

秋の収穫に影響がでなければ良いのだが。

私の好きな果物、梨や葡萄はこの時期、どれくらい水を必要としているのだろうか。

考えてみたら、そういう果物は東京ではあまり作っていないから、たいして影響は無いのかもしれない。

梨とか葡萄の写真を後日アップする予定なので、良かった見て欲しい。

きっと21世紀には当たり前にある果物でも、遥か未来からみれば、珍しいものに違いないから。

例えば、ほんの数年前まで当たり前にあった食べ物、特に加工食品については、あっという間に消え失せて、2度と見ることが出来なくなったりする。

果物についても、流行り廃りがあるので、例えば20世紀梨は最近ではあまり見かけなくなった。

その代わり、幸水や豊水などが今では主流だ。

1000年後には恐らく21世紀に食べられている果物がそのままの形で存在しているとは考えにくい。

もちろん資料は山ほどあるだろうが、それを一個人がどのように食べて、どう感じているのかは、百科事典にも載っていないはずだ。

これからも、そういう資料を提供して行こうと思う。

・・・今気が付いたが、この記事、未来の知性に書いているのと同時に、今の人に向けても書いているので、何だか少し面白い。