文章のターン
今日は、文章のターンにしよう。
昨日は絵のターンだったから。
歓喜の歌
歓喜の歌
これは、ベートーベンの交響曲第9番4楽章だ。
私はこの音楽が好きで、時には、1日中リピートして聞き続けることもある。
しかし、正直言って歌詞の意味はあまり知らなかった。
そして今回、その歌詞の意味をwikipediaで調べてみた。
その結果、私は、驚くべき事実を発見した。
この歌の輪に加わる条件として、「友、又は妻、又は心を分かち合う魂があると言える者」とあるのだ!!!
私が長年聞き付けてきた歌だが、その歌の輪に加わる資格が、私には無かったのだ!!
これを驚きと言わずして、何と言おう。
もちろん、だからといって聞くのを止める事は無い。
車が運転できないからといって、カーレースの映像を見てはいけない訳ではない。
だから、見聞きする資格はある筈だ。
ただ、周囲から覗き見るだけで、その仲間に加わる事が出来ないだけだ。
歓喜の歌にも拒絶されると言うのは一つの運命かも知れないな、ベートーベンだけに。ベートーベンだけに。
まあ、昔は唄えたのかな。ドイツ語は分からないけど。
BGM : ベートーベン - エリーゼのために
「エリーゼのために」はよく聞く曲の一つだ。
この曲は、ベートーベンが貴族の娘に恋をして、その娘のために書いた曲といわれている。
そして、一言で言えば、悲しい曲である。
貴族の娘と平民のベートーベンとの関係が認められるはずも無く、結局、残ったのは、この曲だけだった。
現代では、貴族こそ居ないものの、似た様なシチュエーションは存在する。
だから私はこの曲が好きなのかも知れない。
BGM : ベートーベン - 交響曲-第5番-運命
私が好きな曲ベスト10に入る曲だ。
冒頭の「ダダダダーン」は、「運命が扉を叩く音」といわれるが、正直な所よく分からないらしい。
ただ、こう言うモノは、聞く人間が各々考えればよいので、私は扉を叩く音でいいと思う。
運命は突然扉を叩く。
何かが動き出す。
そんな予感を感じる音楽だ。
耳を澄ませば、その音が必ず聞こえてくるはずだ。
後は一気に扉を開ければ良い。
私の運命の扉を叩くのは一体誰だろうか。
セルフムチウチ
いま、危うく首がもげる所だった。
気が付いたら音楽を聞きながら目を閉じていて、其の時にガクンとなって鞭打ちになりそうだった。
ちなみにアクセス数は6
昨日のこのブログの総アクセス数は6だった。
これは、私のwebサイトよりはかなり少ない。
そしてもちろん、昨日書いたブログ記事へのアクセスは無かった。
ブログは3日で死ぬ。
だから、3日たった記事は、しかばねも同然だ。
それに見る価値はあまり無い。
また悪い癖が出てしまった。
そんな物を調べてはいけないのだ。
数値データは心を曇らせる。
この曇りを吹き払い、力を取り戻すには、子供にでもなるかな。
子供になって書くよ
そんな事わかっている!!だから分からないんだよ!!
そんな事はわかっているんだ。
こんな文章、誰も読むヤツなんかいないって事は、始めっからわかっているんだ。
私の描く絵が、何の価値も無いなんて事、言われなくてもわかっている。
だから少し黙っていてくれ。
お願いだから、少しだけ黙って様子を見ててくれ。
そう攻めたてないでくれ、数字は読めるよ、知っているから、理解しているから。
分かっているから、ほんの少しだけ、黙っていてくれ、数字の話はよそうじゃないか。
だってそうだろ、周りを見てごんよ、どれ一つとして数字でなんて動いちゃいないだろ。
コンピュータだって、電子の粒の波が動かしているよ。
いや、今は理屈は良いんだ、子供に理屈を言ったって聞きやしないぞ。
みんな数字数字と言うけれど、それじゃあ、聞きたい。
世界は数字なのか、あのきらめく星空も、空を流れる雲も、雨粒のひとしずくも、みんな数字なのか。
ならばその数字を教えて欲しい、あの美しい数字を、愛おしい数字を、光り輝く数字を!!
できっこないだろ、そんな事、だったら少し黙っていてくれ。
数字なんか、この素晴らしい世界をこれっぽっちも現せやしないんだよ。
大好きなあの子の愛おしさを数字で表せれば、どんなに簡単な事か。
もちろんそんな事は出来っこないさ、なんたって数字で表せるモノは数えられる物だけだからね。
永遠を、無限を、数字で表すことなんてできっこない。
無限を現す8を横にしたようなやつは、ただの記号だ、数字じゃない。
それくらい誰でも知っている。
いや、そんな事はどうでもいいんだよ、数字なんてどうでもいいんだよ。
私は分からない、どうして数字で全てがわかると言い切れるのか。
だったら、大好きの数字はいくつだ、美しいの数字はいくつだ、あの子の数字はいくつだ!!
一個でも答えられるか。
ほら、むりでしょ?
だから、数字の事は今は忘れて、ただただ、心のままに書き続ければ良いんだよ。
べつに数字を責めているんじゃない、数字に罪は無い、罪があるとすれば、数字に囚われる弱い自分の心だ。
無限を無限個並べたって足りやしない大好きを描いているのに、たった1や2の数字を気にするなんて、本当に滑稽だ。
書くもの全てが、大好きの無限に満ちている、数値なんて無意味だ。
そんな文章を書けば、数字なんて勝手にこぼれ出てくるよ、それこそ無限にね。
大好きを絵に描き続ければ、その大好きが絵から溢れて、その心にきっと届くよ。
だからいまは、数字の事は分からないふりでもして、好きを描けばいいんだよ。
あー分からないぞ、数字なんて分からないぞ。
よしこれでいい、さあて、何をかこうかな。
こうして、たまには子供に戻って、書きたい事を書こう。
みんなもやったらいいよ。
ねむみが来た。
寝よう。
しょこたんの事を考えると、眠れなくなりそうだから、しょこたん賛歌を書き出す前に、ここら辺で止めておこう。
おやすみなさい世界、そしてしょこたん!!
今日も一日ありがとう!!
明日も笑顔に出会えますように