雑記かもよ | ゆうきの話

雑記かもよ





何か書こうとしたが、忘れた。

そういう事ってよくある。

そして、そんな時「忘れるくらいの事だから、大した事じゃなかったんだ」と思う事もよくある。

でもそれって「すっぱい葡萄」の話に似ている。

本当に、忘れてしまった話が、どうでも良い事だったのか、考えてみる必要がある。

重要ならば忘れない、と言うのであれば、受験は全員100点のはずだ。

忘れてしまったものの中に、重要なものが含まれている事は常にある。

まあ、そう言う時は、再発見をすれば良いだけだ。

出来ないかもしれないけれど。

お気に入りのサイトやブログのURLを忘れる事がよくある。

と言うよりも、いちいちURLのアルファベットを覚える事は稀で、大体ブックマークに登録する。

そして、ブックマークしてしまうと、他のサイトのブックマークの山の中に紛れてしまって、結局「あのサイトは何処だっけ」と言う事になる。

私のデスクトップには、そんなサイトへのインターネット・ショートカットが2000くらい詰まったフォルダがある。

時間順に並べれば、大抵問題なくお気に入りのサイトを発見できるが、中にはいくら探しても見つからないものもある。

記憶かファイルのどちらかが消えているはずだが、結局はgoogleで探した方が早い事が多い。

このブログにも、「読者になる」と言う機能はあるが、あれは仰々しいと言うか、大げさな気がする。

それに、わざわざ相手に通知されるのが申し訳ないような面倒なような、そんな訳で滅多に読者機能は使わない。

単純にブックマークをつける機能をアメブロ独自に付けたら良いのに、といつも思う。



世界が遠く離れていくような感覚

またに、自分を中心に世界が遠くはなれていく感覚に襲われることがある。

あらゆるものから取り残される感覚、これは一体なんだろうか。

実際に取り残されているとも言えるから、それほど間違った感覚では無いのかもしれない。

万物が自分とは一切無関係に動いていく。

そんな、傍観するしかない感覚。



次は何を描くか

次は何を描くかな。

描く物が見つからないのではなく、無数にある描きたいものから、どれを描くかを決めるのが大変だ。