絵に喜びを | ゆうきの話

絵に喜びを

絵を描きたい。

でも、喜びを絵から溢れさせるのが難しい。

描きたいモノは沢山あるけど、それが果たして、見る人に喜びを与えるか、その点で今、固まっている。

例えば、私はしょこたんが大好きなので、その絵ばかり描く。

しかし、それは見ている人にとっては、どうなのだろうか。

直接感想などを聞いた事は一度も無いので、正確な事は分からないが、少なくとも「素晴らしい」と絶賛する人間は居そうにも無い。

そう考えると、私の喜び、しょこたんを描く喜びは、それを見る人には、残念ながら伝わっていないようだ。

喜びを与えられない絵を描くよりも、与えられる絵を描くほうが良い。

だから今、固まっている。

喜びを伝える、これは極めて難しい。


共感され、喜ばれる、そんな絵を描きたい。

でも、それ以前に、自分自身が描きたいと思うものでなくてはならない。

そこが難しい。

どんな絵を描くべきか。考えよう。


まずは現状認識からだ。

私のサイトの「2012年8月の絵」のコーナーへのアクセスは、今日現在で合計2アクセスだ。

これが客観的事実としての現状である。

8月の絵のコーナーには、このブログに張ってあるすべての絵の800*800バージョンが貼り付けてある。

そこへのアクセスが2と言う事は、その程度の存在だと言う事を示している。

ここから、何とかして、共感を得られるモノを生み出してゆかなくてはならない。

検索で来る人が大多数なので、それを考慮した絵を描けば良いのか。

でも、正直言って、今流行の絵は描けない。

単純な模写ならば可能だが、喜びを伝える事にはならない。

もちろん、私がその絵が大好きで、喜び、楽しみながら描けば、それが模写であろうとも、見る人に喜びは伝わる。

しかし、アクセス目当ての適当な模写では、描くほうも楽しく無いし、見ているほうも喜びを感じられないはずだ。

ここ最近で、私が良いなと思ったのは、「ゆっくり」だ。

詳しくは検索してもらえば分かると思うが、一言で言えば、丸っこい生首だ。

私はあの丸っこいキャラが好きだ。

あれならば、描いても楽しい。

でも、あれは数年前に流行ったキャラクターだし、描くといっても既に完成された存在で、工夫の余地は少ない。

でも、ゆっくりは今後描くに値するキャラクターの一つだ。

寝子、ねこ、猫、ねこを書くのも好きだ。

猫はこれまでも色々と描いているので、これからも色々と描き続ける。

しょこたんも描いていてとても楽しい。だからこれからも描き続ける。

問題は、描いて楽しい、が、見て楽しい、に繋がるかどうかだ。


今描くべき絵は・・・

流行の絵、描きたい絵

の2つが考えられる。

そして、この2つは今の所、繋がらない。


ここまで来ても、未だに、固まったままだ。


考えてみれば、子供の頃は、少なくとも数人は私の描くモノを見てくれる人がいた気がする。

大抵は友人だったが、少なくとも数人程度は、私の描くモノを確実に見てくれている人がいた。

だが、今では、そのような人は、残念ながら何処にもいない。

いくら理屈で考えても、感情については、捉えきれるものではない。

たぶん、だから今固まっている。

参照すべき情報が、自分自身の中にしかない。

だから、しょこたんの絵が、誰か1人にでも楽しみ・喜びを与えているのか、全く分からない。

私の描く猫が、誰かに喜んでもらっているのか、不明としか言えない。

この問題を解消するには、外部からの情報が不可欠だ。

外部からの情報を得るにはどうしたら良いのか。

こうやってブログを公開しているし、サイトも作ってツイッターもやっている。

つまり、窓口は十分なはずだ。

あとは、この窓を覗き込んでくれる人を、どうやって見つけるかだ。


まあ、それが一番難しかったりするのだけど・・・。


怪しいツールに頼ったり、検索エンジンを半ば騙す形で無理やり無価値なサイトへアクセスをさせると言う手段に、私は興味が無い。

そうでは無い、地道だか着実に、覗き込んでくれる人を増やすことを考えよう。


・・・リア充最強説・・・・だな。


身近な所で、妹たちにこのブログのアドレスでも教えるかな。

妹たちは既に家を出ているので、連絡先も分からないけど。

今度どこかで会ったら、名刺でも渡しておこう。

あ、名刺か、名刺を作ろう。

あ、でも、こんなブログ、妹に教えたら、二度と会えないな、こっぱずかしすぎて・・・。

まあ、私の辞書に羞恥心と言う文字は無いけどね。昔から。

でも、向こうの家族に伝わったら、「お前の兄は頭がおかしいな」なんて言われて、妹が困りはしないだろうか。

それだけが心配だ。

見せちゃヤバイ、と感じたら、必死になって隠すだろうから、そこらへんは妹たちに任せても良いとは思うけど。

もっとも、私のおかしさは、とうの昔に家族親戚周辺には伝わっているだろうから、そこまで気にする事も無いかもしれない。

そういう所から、徐々に広めていこう。



妹たちへ

やあやあ妹たちよ、ゆうきだよ。(ちなみにこれは本名なので妹たちも普段からこう呼んでいる)

調子はどうだい、こっちはいつも通り、マイペースだよ。

そっちはどうだい、子供たちは元気かい、そっちの家族とは上手くやっているかい。

まあ、そんな事、私に心配された所で、「お兄ちゃんの方がよっぽど心配だよ!!」とか突っ込みを入れられそうだけどね。

まあ、こちらは大丈夫、こういうヤツは案外長生きするもんだよ。

このブログの事だけど、なんと言うか、まあ・・・・適当に読み流しておくれ。

色々頭のおかしなことが書かれているけど、全部私の心の中から出てきた言葉だし、頭のおかしさは百も承知だと思うんで、今さら驚きはしないと思うしね。

このブログ、別に他の人に隠す必要も無いし、兄が書いているといって友達とかに教えても、こちらは全く構わないよ、教えるかどうかの判断は任せるけどね。

でも、お母さんには、できれば内緒にして欲しい。

じゃあ、どこかで会ったら、30秒くらい、立ち話をしよう。



よし、妹たちがこれを読んだ時の為の文章を書いたぞ。

まあ、いつ読む事になるかは分からないし、そもそも、連絡手段が無いけどね。

このブログの存在を教える日がいつになるのか、全く不明だけどね。

まあ、母親は毎週のように会っているらしいので、聞けばすぐに分かるけど、まあ、あれだ、あれ。


旧友に久々に手紙でも書いて見るか。

でも、住所が変ってしまったのも居るし、今突然手紙を書くと言うのは・・・・

残暑見舞い、そうだね、残暑見舞いを送ろう。

そういえば、残暑見舞いって、いつごろまでに出すものなんだろう、調べてみよう。

・・・・

なるほど、一般的には、立秋から処暑までの間位らしい。

まさに今だな。

久しぶりに、はがきでも書くか。


喜びを与えられる絵を描くには、まず、私の絵がどの程度の喜びを与えているのかを知る必要がある。

それを知るには、まず誰かに見てもらわなくてはならない。

その為に、このブログの存在を周囲に知らしめなくてはならない。

と言う訳で、妹たちに知らせたり、残暑見舞いを描いたりしよう、という結論に至った訳だ。

ここから先は、その後の話なので、今はただ、描くだけだ。


・・・なにを?


そうだ、固まっているんだった、忘れていた。

まあ、とりあえず、100%自分が描きたいだけのモノを描こう。

周囲に喜びを与える絵は・・・・今はまだ描く時では無い。

そもそもそんなもの描けるのかも分からないからね。


しょこたん描こっと