諦める事には意味が無い
何事も諦めが肝心、と言う言葉がある。
私もそう思うこともある。
でも、そもそも、「諦める事に意味があるのだろうか」
人生は、より楽しく、より充実したほうが良いはずだ。
諦めると言う事は、それを放棄すると言う事になる。
楽しく無い人生が確定してしまう事になる。
つまり、諦めると言う事は、人として生きる意味を放棄してしまうことになる。
だから、諦めると言う事は、人間が人間を辞める事に等しく、人間が人間で無いのならば、何者なのだろうか。
そこにあるのは、ただ生物学的にその状態を維持しているだけの、生物化学反応装置に過ぎない。
我々は人間である。
幸福を追求する事こそが、人間の究極目的の一つであるはずだ。
諦める事はそれを放棄する事であり、人間は、諦める事により、人間ではなくなる。
だから、諦める事に意味は無い。
諦めたら人間ではなくなってしまうのだから、諦めない心こそが人間を人間として維持させる最低条件なのだ。
だから、例え、諦めた方が楽だからと言う理由で諦めたとしても、その瞬間にその人間は人間ではなくなってしまう。
ただの化学物質の塊が、辛いだの楽だのと言う感情を持つ事に、何の意味があるのだろうか。
それはただの脳内の化学物質の作用に過ぎず、人間で無いその物体にはとっては、単なる化学反応でしかないはずだ。
人間だから、苦痛を苦痛と感じるのであって、喜びを喜びと感じる事ができるし、それに意味があるのだ。
だから、諦める事に意味は無い。
最後まで、人間である最後の瞬間まで、諦める必要も無いし、諦める意味も無い。
だから諦めてはならない。
結果は、付随的なものに過ぎず、未来を知る事は誰にも出来ないのだから、諦めないと言う以外の選択肢は我々には無い。
人間ならば諦めると言う選択肢がそもそも無いはずなのだ。
諦めたくなっている時は、人間である事を放棄しようとしている時だ。
其の時は、人間が何故生きているのかを思い出し、喜び・幸福を追求する為に生きている事を思い出せば良い。
人間である限り、諦める事に意味は無い