平面世界 | ゆうきの話

平面世界

やばい、全部が平面に見えてきた。

もちろん物理的には、3次元であるし、大脳はそれを三次元であると、確かに認識している。

でも、精神が、次元を剥ぎ取り、全てを2次元にしてしまっているようだ。

もはやこの世には3次元の立体的な人間が実在しないように感じられる。

もちろんこれは比喩だ。

道端を歩いている人間を見れば、確かに三次元に見えるし、明らかに人間だ、ロボットなどではありえない。

でも、私の目の前に現れる人間がすべて、二次元の膜の向こうに隔離されているようにも感じられる。

直接触る事も感じる事も出来ない、見る事は出来るが、永遠に超えられない次元の壁。

これが元々2次元のキャラクターなら、そういうものだと言ってしまえるが、三次元であるはずの人間が、実際には2次元と等価であると気が付いてしまったら、

その時、人は、一体どうすればよいのだろうか。

いよいよわからなくなって来た。


そしてまた一つ、恐ろしい事を思いついてしまった。

それは、今生きている人間が、全員、次第にその2次元の壁、一人一人、取り囲まれ始めているのではないか、と。

そしてついには、全ての人間は、完全に二次元の壁に隔離された状態となり、お互いが接触する事ができなくなる。

そんな世界で、人類は存続する事ができるのだろうか。


もちろん、そう簡単にそんな事に成るとは思えない。

でも、かなりの数の人間、特に若者が、その2次元の壁に取り囲まれ始めているのではないだろうか。

そして私の感じているこのモヤモヤとした感覚も、それが原因なのでは無いだろうか。


これは私の妄想であって欲しい。

もちろんここで言う次元の壁とは、物理的なものでは無く、精神的なものの事である。

精神的な壁、精神的な二次元の壁とは、すなわちモニタであり、印刷物である。

その様な壁に、次第に人の心が取り囲まれ行く。

そして、最後にはそれらに取り囲まれたまま、本物の人間に触れる事も無いまま・・・


いや、それではダメだ、3次元の存在を2次元におとしめてはならないのだ。


何とかして、その2次元に見える存在を、3次元に引き戻さなくてはならないのだ。

それに必要なのは、想像力、そして愛の力だ。

断じて2次元の向こうに追いやってはならない。

さもないと、我々は全員が独りぼっちになってしまうのだから。


三次元の存在をそのまま三次元として感じるにはどうすればよいのだろうか。


なるほど、なるほど、そうだったのか!!


アイドルグループがよくやる握手会、あれこそがその次元の壁をブチ破る方法だったのか!!

なるほど、いま理解したぞ、勉強になったぞ。



ところで、私と握手をしてくれる人なんて、居るんだろうか。


私の大好きなしょこたんも、握手会はしているけれど、かっこ良く言えば

「着て行く服がねぇ」


本当は

「ハマりそうでヤバイから行けない」


私は惚れっぽいので、直接接触してしまったら、一生しょこたん好きでしか居られなくなる。

それはたぶんまずい。

たぶんそれは、2次元を好きになるくらい、ハードに人生になりかねない。

それが嫌だから3次元を3次元として感じたいのに、それではダメだ。


なるほど、アイドルグループとかの握手会は、その2次元と3次元の狭間を、延々と行き来する人々の集まりだったのか。

そういう目で見ると、あの人たちがものすごい修行僧のように見えてくる。

よくそんな状態を耐えられるものだ。

何であんな苦行に耐えられるのだろうか。

何か、理由がありそうだが、それを考え出すと夜が明ける。

今日はここら辺にしておこう。

明日また考えればいい。


次元の壁を、次元の壁を何とかしたい