人はなぜ
人はなぜ生きるのだろうか。
その理由がいまだにわからない。
おなかが空くから食べ物を食べたくなる。
食べ物を食べれば命が永らえる。
そんな単純な理屈だけで人間は生きていけるのか。
私はそんな単純なことだけで人生を続けられそうも無い。
幾らかの日銭を稼ぐために、人生の可能性をすり減らして、心身を消耗させている。
それが明日の可能性に繋がる行為ならばともかく、ただただ人生の時間を切り売りしているだけである。
こんな事をしていては、いつの日か消耗しきって、何の可能性も残されていないボロキレのような抜け殻が転がるだけである。
しかも、その時はそう遠くない。
だから、だから私はそれを何とかした。
そうしなければ、先に待つのは辛く苦しく虚しい人生とも呼べない時間だけだ。
だから、今の生活をいつまでも続けていてはならないのだ、と言うことはいつも思っている。
しかし、そこから脱却できないのは、何か問題があるからである。
その問題を理解して改善すれば良いのだろうが、理解も改善も容易ではない。
まず、何が問題なのかを明確にして、それに対応するのに必要な事項を挙げてみる。
そしてそれを実行し問題を改善する。
そんな事はわかりきっているのだが、具体的な方策が全く見出せない。
何をどうすればよいのかが全くわからない。
問題が漠然としすぎていて、しかも多岐にわたりすぎているので、とても全てを改善できるとは思えない。
まず生きなくてはならないというのを前提とした場合、生きるための資金が必要である。
それを手に入れるための術が、あまりない。
今はただ力任せに時間を切り売りしているだけであり、それは著しくもったいない。
本当に疲れる、ただひたすらに疲れるだけであり、幾らかの現金以外には何も残らない。
その僅かな現金も日々の生活に消えてゆく。
神を信じると良いのか、自分を信じろというのか、何を目指せというのか、なぜ生きろというのか。