高倉健さんがお亡くなりになり2週間、その事をマスメディアで知って1週間が経過しました。テレビで共演者や関係者がエピソードを語っていますが、そのどれもが健さんの並外れた人柄の良さを伝えています。

私は昔から健さんの映画に親しんでいたわけではありません。むしろ任侠映画は嫌ってましたから、健さんに興味はありませんでした。健さんに興味を持つきっかけを与えてくれたのは酒井雄哉大阿闍梨です。

健さんのファンや健さんに興味を持っている方なら、健さんの座右の銘「行く道は精進にして忍びて終わり悔いなし」のエピソードやエッセイ「旅の途中で」などで酒井大阿闍梨のことを知った方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

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私は逆です。かねてより尊敬していた酒井大阿闍梨が、エッセイに取り上げられてるということを知って「旅の途中で」を手にし、それをきっかけに健さんに興味を持ったのです。以来、任侠ものも含めて健さんの映画に親しむようになりました。

私は酒井大阿闍梨に「続ける」ことの尊さを教わりましたが、健さんもそうですね。
テレビで岡村隆史さんに「やめちゃダメ、やめたら負けだ」と励ましている姿が映し出されてました。

健さんの美談の凄いところはその数の多さです。一つ一つの美談についてなら真似事くらい私にも出来そうですが、持続するとなると並大抵ではありません。あれだけ多くの方々から同じような美談が語られるのは付け焼き刃的なものではなく、極々日常当たり前のこととして健さんがそういう立ち振る舞いをしていた証です。

文庫版の「旅の途中で」は映画「単騎、千里を走る。」の時の健さんが表紙になってます。中国の美しい街、麗江でのロケでしたね。昨年、中国の友人と麗江に行く計画を立てましたが、互いのスケジュールが合わず、いまだ実現しないままです。中国の友人にも健さんファンは多く、若い頃よく健さんの真似をしてたという人もいます。

健さんは任侠映画をノスタルジーと言ってました。失われつつある ”男のあるべき姿” を追うノスタルジー。私には健さんの存在そのものが ”日本人のあるべき姿” のノスタルジーに思えます。それは日本人の日本人による日本人のためのノスタルジーなんかではなく、人種、国境を越えたものであると思います。だから中国の人々もまた健さんに共感するのです。それが、”男のあるべき姿” なのか ”日本人のあるべき姿” なのか、あるいは ”人間のあるべき姿” なのかはわかりませんが、失われつつある何かであることに違いありません。

ご冥福お祈り申し上げます。

追伸 :  健さんが地球上でもっとも好きなところはハワイだそうです。