日本三大八幡宮
-宇佐神宮-
(うさじんぐう
(大分県宇佐市南宇佐2859)
「石清水八幡宮・筥崎宮(または鶴岡八幡宮)と共に日本三大八幡宮の一つ。
古代においては伊勢神宮と共に二所宗廟として扱われた。
八幡宇佐宮または八幡大菩薩宇佐宮などと呼ばれた。
また神仏分離以前は神宮寺の弥勒寺(後述)と一体のものとして、正式には宇佐八幡宮弥勒寺と称していた。
現在でも通称として宇佐八幡とも呼ばれる」
歴史- wikipedia
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-天神社-
(奈良県大和高田市三和町2番15号)
「主祭神として祀られている高皇産霊神
(たかみむすびのかみ)
は高木大神
(たかぎのおおかみ)
とも称され、天地創生の霊力をもった生成神です。
宮中の神殿に祀られている神様であります。
天照大御神
(あまてらすおおみかみ)とともに天孫降臨の司令塔となり、後の神武天皇の東征に深くかかわった神様として知られています。
古事記には、高皇産霊神(高木の神)が天つ神御子(あまつかみのみこ)
後の神武天皇のもとへ道案内として、八咫烏(やたがらす)を遣わす記述があります。
初度御造営があった貞応元年(1222年)の10年後、貞永元年(1232年)に御成敗式目が制定されました。その式目の第一条をご紹介します。
第一条
神社を修理し祭祀を専らにすべき事
神は人の敬ひによって威を増し人は神の徳によって運を添ふ
「鎌倉期から続く長い歴史」
「また、1222年
(貞応元年)から数えて2022年(令和4年)
が御造営800年という節目の年になります」
歴史- 天神社
Wikipedia
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葛城氏(かずらき)
系譜
「武内宿禰
(建内宿禰)
羽田矢代宿禰
(波多八代宿禰) → [波多氏]
許勢小柄宿禰
(日本書紀なし) → [巨勢氏]
甘美内宿禰
(味師内宿禰)
石川宿禰
(蘇賀石河宿禰) → [蘇我氏]
平群木菟宿禰
(平群都久宿禰) → [平群氏]
紀角宿禰
(木角宿禰)
[紀氏]
久米能摩伊刀比売
(日本書紀なし)
怒能伊呂比売
(日本書紀なし)
葛城襲津彦
(葛城長江曾都毘古) → [葛城氏]
若子宿禰
(日本書紀なし)」
「巨勢氏
大和国高市郡巨勢郷
(現在の奈良県御所市古瀬)を本拠とした古代豪族である。
巨勢の表記は、許勢・許世[要出典]・居勢・己西・既洒[要出典]にも作る。
姓は初め臣おみであり、天武天皇13年(684年)八色の姓制定に伴い朝臣へ改姓した。
有名な朝臣姓氏族
大神朝臣 - 568年(欽明天皇29年、古墳時代)に宇佐神宮前身の鷹居社を建立した大神比義の末裔。
源朝臣 - 皇別氏族。公家では源氏長者の地位を長く保った久我家などの村上源氏、武家では源義家以降、清和源氏が勢力を伸ばし、源頼朝以降武家にとって特別な氏姓となった。足利氏はその代表である。徳川氏も清和源氏を称している。
平朝臣 - 皇別氏族。桓武平氏が最も著名であり、公家では堂上平氏として旧家2家(半家)・新家3家(名家)が残る。武家では平家が有名であり、また織田氏も称している。
藤原朝臣 - 神別氏族。中臣鎌足の子孫。長らく朝廷の重職を独占し、摂家を筆頭に堂上家の大半を占めた。武家では伊東氏、小山氏、上杉氏、伊達氏などが知られる。
橘朝臣 - 皇別氏族。県犬養三千代、橘諸兄、橘佐為を祖とする。 四大姓に数えられるが四大姓の中では最も振るわなかった。
菅原朝臣 - 野見宿禰を祖とする。文章道を管掌し、堂上家(半家)が6家残っている。
大江朝臣 - 土師諸上を祖とする。大江広元など学者を多く輩出し、武家では毛利氏などを輩出している。公家では長らく地下家だった3家のうち、代々蔵人を務めた2家の北小路家が江戸時代後期に」
「堂上家に列せられた(最後の堂上家昇格)
中原朝臣 - 十市有象、十市以忠を祖とする。
「明法道、明経道を司る家系。嫡流の押小路家は局務、市正などを世襲し、朝廷の実務、京都の行政に深く関わった。
豊臣朝臣 - 安土桃山時代に関白・羽柴秀吉に下賜され、秀吉によって多くの大名などに下賜された」
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大伴氏
「ヤマト王権時代主に警護・警備を担われた」
「古墳時代、大和葛城地方(現在の奈良県御所市・葛城市)に本拠を置いていた有力な古代在地豪族。武内宿禰(たけうちのすくね)の後裔とされる」
著名な人物
大伴金村
大伴馬来田
大伴吹負
大伴安麻呂
大伴旅人
大伴家持
大伴坂上郎女
大伴古麻呂
大伴弟麻呂
伴国道
伴善男
後裔
佐伯宿禰
榎本連
丸子連
小野家(地下家)
畑家(地下家)
弓削家(地下家)
尾崎家(地下家)
滋賀家(地下家)
肝付氏(武家)
執行氏 (武家)」