受け継ぐ/祭り

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今、残さなければいけないもの。
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祭りの動画を紹介したり,各日本文化の紹介をします。

日本の素晴らしい文化や祭りを記録し継承しています。
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どんど焼きとは

 

毎年小正月と呼ばれる1月15日あたりに全国各地で行われているどんど焼き。

 

しかしよく考えてみると,その由来のことはよく知りません。

 

生まれ故郷では,お正月をすぎると飾りを広場へ持って行って盛大に焼き,高く火柱が上がってそれがおさまると,餅を焼く,と行ったイメージでした。

 

しかし祭大国日本ではもちろん様々な形式のどんど焼きがあります。

 

その形式,呼び名は多様です。

 

どんど焼きのルーツに興味を持ったので,調べてみることにしました。

 

このサイトがとてもわかりやすかったのですが,どんど焼きのルーツと言われる左義長は,平安時代の宮中の遊びからきているのではないかと言われているそうです。

 

毬杖とも呼ばれる杖でホッケーのような遊びをしていて,その際使った杖や毬を燃やしていたのではないかと考えられています。

 

しかし,一概にそれだけではなく,歳神様を迎える,同祖神をお清めするなど複数のルーツが混在しているようで,日本人の民俗的な文化が各地域で独自に発展して行ったと見るのが良さそうです。

 

日本には様々な行事があり,信仰心が無いと言われていますが極めて忠実に文化を継承しているのだと嬉しい思いになります。

4月,山梨県の笛吹は,桜と桃でピンク色に鮮やかに彩られます。

僕たちが毎年担がせてもらっている御神輿は,美和神社のお神輿です。

山梨の三社祭は,一宮浅間神社,二宮美和神社,三宮玉諸神社の三社が集まって行われる祭りで,毎年4月15日に行われています。

この神輿の担ぎ方は非常に特徴的で,担ぎ手は化粧をし,桃色の浴衣を着て「そこだい!そこだい!」と叫びながら神輿を担いでいきます。

その由緒は,神主さんに聞いてもよくわかりません。

伝統的にずっとそのスタイルで行われています。

神輿の担ぎ方は,関東だと「江戸前」や「どっこい」が有名ですが,地方だとそこでしか見られない独特な担ぎ方の文化があり,大変興味深いものです。

是非一度,体験してみてはいかがでしょうか?

おみゆきさんの映像はこちら
日本には,約8万の神社があると言われています。

そして神社には各地の神様が祀られており,様々な方法でお祭りが行われています。

神社のお祭りにも様々な方法があると思います。

そのイメージは各地域,各神社によってたくさんのやり方があります。

神輿,神楽,山車,獅子,囃子。

多くの神社には本当にたくさんの芸能があります。

その風景は様々で,祭りは里の華となっています。

通常一年に一度もしくは二度,神社の例大祭では神社へ氏子が集まり,土地の氏神様にお祝いを報告します。

また,神様は神輿や山車に乗って里を回り,氏子たちは神様をおもてなしします。

そんな祭りの風景を,是非動画を見ながら学び,知っていくことが未来の日本の祭りの風景を作っていくのだと思います。

[祭MOVIE]というサイトから,全国の祭の風景を見ていこうと思います。
雄勝には、風の谷と呼ばれる浜があります。

風の谷、羽坂。

浜を見下ろすと、雄勝の玄昌石で葺かれた屋根が何軒か見えます。

下りていく道はとても急な坂道で、軽の四駆の車でないと上っていくことは出来ません。

坂を下っていくと、小さな船着き場があります。

透き通った海の色。

底を見ると、魚や、海草、ウニ、ナマコなどが見えます。

コバルトの海。

羽坂も津波の被害を受けた浜ですが、急にせり上がっているため比較的雄勝の中では被害は少なかったと言えます。

お祭りの日には、神社から神輿が下りた後、トラックに乗り羽坂の港へ行きます。

広い港を神輿が回り、担ぎ手が声を上げます。

風の谷、羽坂。
小さな小さな浜ですが、そこには人の営みがあり、代々守ってきた海があります。
そんな人々の営みが風景を作り、日本人のこころを作ってきたのです。

Stop the wall.
風景を失うことは、こころを失うことです。
伝えなければいけないこころを守るために。今、動かなければ。


本当は、大きな声で叫びたいんです。

防潮堤反対!と。

しかし、そう言えない。

日本の社会はそうなっています。
行政による大きな動きがあって、それに逆らおうとする世論はかき消される。

ダム、道路、原発、、、
法律までも、メディアは本当の事を伝えられない。

逆に言えば、大きな出来事が報道されなければ、それがホントのことであり、国家の思惑に反する出来事なのです。

雄勝町にある、「持続可能な雄勝を考える住民の会」のメンバーは現在11人しかいません。

防潮堤建設と戦うのは、たったの11人。
しかし震災後、何度も何度もずっと闘ってきました。
県に嘆願書を出し、何度も話し合いをし、少しづつ、聞き入れてもらうように活動しています。

http://s.webry.info/sp/sakura3411.at.webry.info/201506/article_2.html

しかし、宮城県知事は、工事の見直しはしない、工事を受け入れてもらうよう住民と話し合いを続ける、と言う態度です。

雄勝の未来は、どうなるのでしょう。

防潮堤の建設計画は、8年。
商業施設などが本設されるのは計画上防潮堤が建った後だと言います。

8年もの間、雄勝に人は住み続けるのでしょうか?
防潮堤工事が進む町に、新たに戻ってくるのでしょうか?

疑問だらけの現状を、誰も知ることはありません。
多くの人が、知り考える必要があります。

Stop the wall.
それは、我々の未来を考えることなのです。