一番先に父親が購入した土地。当時は田畑ばかりの場所で
ウチも数年は野菜を作ったり、この時はまだまだ
家を建てる予定などなくアパート住まいでした。
子供だったので何年頃かは不明ですぅ~。昭和のぉ~わかんなぁぃ!
いよいよ、一件目の自宅の建設が始まったのが
1974年頃だったと思います。平屋で・・・4DKでした。
音楽やっても音漏れが少ない部屋があって快適でした。



※屋根には、太陽熱温水器も後に設置していました。

1994年の頃。あちこち痛みも目立ち・・・ あ、新車で購入したハイエース・
キャンパーもこの時、購入後2年を経ていました。この時の車庫も最初低くて
嵩上げしたものです。
しか~し、両親が応募してたモニターハウスの応募に当選して
2軒目の新築の話が・・・計画が着々と進むのでした。
to be continued・・・
普通なら、アパート暮しを2~3回と続けてから持ち家になり・・・
そして、また新しい家になる計画がすすみ、普通なら幸せを感じて
いるはずです。
しかし、自分は子供ながらに家ができ引っ越しをして日々暮らす中で
感じていたのが、何故か狭いアパートで自分と姉と両親と貧乏に
暮らしていた時の方が幸せで明るかったと感じ、釈然としないまま
親の計画のまま過ごしていました。
この平屋に移ったあと6年ほど大阪で高校生活を送り大人になるにつれ
それは
思いました。家が変わるに連れ親どうしが言い争いも多くなり
ギスギスした生活を感じるようになっていました。
持ち家になったからといって、必ずしも幸せだとは言えないのです。
それは、未だに感じています。
曲:我が家/松山千春 語りあり(RADIO)