久しぶりのブログ

Mac miniが急に壊れたのでしばらくはノートパソコンで頑張ってたけど我慢できずに新しいMac miniを買ったら二週間後に新製品のMac miniが発売されて悔しい思いをした。新しいのは値段は安いし性能もいいのでもっとキーってなった。

 

そういうこともあってパスワードとかがわからんなって二ヶ月間ほったらかしにしてた。

 

その間に何があったかと聞かれると12月は寝とった。真剣に寝てました。12月8日にヨメが熱をだし、14日から私の番でした。ほぼ出歩かない二人なのにどっから来たん?誰からうつった?っていうくらい不可思議な感染でした。ソレよかも毎日のように通ってたPCR検査ストリートが一夜にしてなくなったことです。

 

あれはなんやったん?ってくらい潔い撤収でした

 

陽性になって10日くらいで陰性になったので外出したら、街はもぬけのからのような静けさになってた。時間差で感染した人が家に篭ってたんでしょうキット。自主的に全市民がロックダウンしましたって感じだった。デリバリーの人も全員感染したみたいで、荷物が滞りまくってて届かないわ、近所のスーパーも従業員はいないわモノはないわでカオスと化してました。12月はそんな感じで過ぎて、1月に入ると田舎の人が里帰りし始めてさらに街が寂しくなった。そろそろ回復してデリバリーくるかなっと思ってたら更に送れそうないのでキャンセルしてくださいってメールがバンバン入ってきて買えずじまいなことが増えた。物価については年末春節期間なこともあり例年よりも値上げ幅がキツかった。特に穀類の在庫がない。米がない。ってことが続いてて買えないことが多かった。

 

このなんやったんやろうウオーズが過ぎ去って、いつもの牧歌的なココナ辺地方の生活が再開した。ある意味歴史的瞬間を体験することが出来たと思った。どこの国もこんなことの繰り返しでこういう全体主義の国だと長く患ってしまう傾向にあるんだろうねえっということがわかった。没法子(どーしようもねーだ)という言葉が一番似合う地域だと実感できた。

 

今回のことで望郷の想いが強くなったのでイイ薬だったと思うことにする。墓参りに行きたい。ついでに墓石も磨きたい。

 

そういうことなので、ちゃんと生きてます。