過去にブログを書いていました。
当時の記事を読みながら、思い出しながら
今の私を綴っていけたらと思っています。
リスタートに選んだのは今日。
7月3日。
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2012年7月3日。
次男はまだお腹の中にいました。
次男を妊娠してから、妊婦検診ではなく「経過観察」になり
毎週、通院をしていました。
(何故、経過観察になったのかはまた別記事で書きます)
診察もあるし、悪阻が酷く、毎回点滴をするので時間がかかるので
長男は友達にみてもらいながら通院を続けていました。
この日、病み上がりだった長男。
朝、熱を計ると37.3度。微妙...
咳はあるけれど、下痢はない。
でも託児所は迷惑だよなぁ。。喘息の発作を起こしたら大変だし。
でも、回復しつつあるのに病児保育も微妙。。
ということで、久しぶりに病院に同行。
当時、2歳8か月の長男との待ち時間。
相当疲れました。
そしてやっと診察。
いつものようにエコーの部屋へ移動しようとすると
「おかけください。」と先生。
ああ。もう羊水検査の結果が出たんだなぁと分かりました。
(2012.7月は新型出生前診断はありませんでした)
結果。
21トリソミー。
21番目の染色体。
本来2本のところ、3本。
「ダウン症候群です。」と。
「そっか~~。」
というのが最初の感想でした。
それより、
「かーさん!これなぁにぃー!?」
と、エコーの機械に興味津々の長男がむちゃくちゃしないかが心配で...
って、当時は思っていたけれど
今思えば、一瞬で思考が停止したんだと思います。そして現実逃避。
長い沈黙のあと
「で、どうなるんですかね?」と、質問。
いつものように、聞かないと何も言わない先生。
「まだ小さいから分からないけれど、心疾患があるとすれば
もうちょっと大きくなったらエコーで分かる。
産まれても何度も手術したりする子もいる。
知ってるかもだけれど、見た目に特徴のある子になる。
成長が遅い。」
など、もうネットで知っていることばかり言われました。
「そうですか」と私が言うと、
またシーーーンとする診察室。
私「皆さん、どうされるんですか?」
先生「妊娠継続をしない方が多いです。」
私「えーっと。。。堕胎は22週未満でしたよね?
出産という形をとるんですよね? おいくらですか?」
お金の問題じゃないかもしれないけれど大切なこと。
堕胎するにも、育てるのにも。
そこら辺は無知なので聞いてみました。
堕胎する気が満々というより、「知識」として。
そしてなにより混乱しているときは、そんなどうでもいいことを聞いちゃったりする私です。
とりあえず、今後どうするかを先生に電話するってことで終了。
帰りの車中。
長男が「だいじょうぶ?だいじょうぶだよ!」を連発。
まー。久しぶりに号泣でしたからね。
あまり帰路を覚えてません。
悲しいのか、悔しいのか。
なんなのか分からないけれど
とにかく涙が止まりませんでした。
長男に「赤ちゃんね~。病気なんだって。」(病気とは違うけど)
と、伝えてみると
「そっかー。しょうがないね。でも、だいじょうぶだよ。」と。
そう。しょうがないのよね。
障がいがあることが、しょうがないんじゃなくて
悩んだって、泣いたってしょうがないのよね。
私「赤ちゃん、バイバイしよっか.....?」
長男「だめだよ!だいじょうぶだから!」
『だめ』と言われたくてわざと聞いた質問に
ちゃんと分かっているかは置いといて
『だめ』と言ってくれた息子。
かーさん嬉しかった。
色々考えても分からない。
そもそも考えることじゃないのかもしれない。
考えて分かることでもない。
12週で心停止しているかもしれない、と言われた次男。
今度は私が命の選択をできる時がきた。
考えて分からなくても、たくさんたくさん考えた。想定した。
そして一番近い気持ちが これ。
「産んだら辛いことも苦しいこともきっとある。
でも、生きてたらきっと楽しいこと、1つくらいある」
私を救ってくれたブログがいくつかあるのだけれど、
それがかなり印象的で
それもあって次男とのさよならは選べなかったのもありますが
次男が生まれてから、長男から聞いた話。
「マジで」と思ったので、
その話はまた別記事にします。
そんなこんなで、中1になった次男。
今日も元気に
「今度の土日。カラオケ行く?」と言って登校していきました。
あのとき、さよならしていたら私の人生はどうなっていたんだろう?
ふと撮ってもらったこの写真。
ずっと気に入っていて、ずっと使っています。
