「とにかく、今日一日は大事をとって、安静にしときなさいよ?
お医者さんが言うには、
軽い脳震盪程度で心配ないらしいけれど…」
「大丈夫だよ。どこも行かないよ」
そういったやりとりが約10分くらい続いて、ようやく母はパートへ、
しずかは学校へと向かっていった。
母としずかにはかなり心配かけてしまったみたいで少し
申し訳なく思う。
けれど、俺にはじっとしている時間なんてなかったし、
やるべきことが山ほどあった。
俺はベッドの脇にあった携帯電話を手に取り、メールや
着信がないかを確認した。
同じ学園の友人何人かから、メールが来ていたが、
肝心のリョーマやさえちゃん、葵ちゃんからは連絡は
なかったみたいだった。
すぐに3人に電話してみたが、コール音がむなしく響くだけで
誰にもつながらず、俺は嫌な予感がした。
確か、あの日の夜の体育館に葵ちゃんがいたことは覚えている。
声だけしか聞いていなかったが、あれは多分葵ちゃんで間違いない
だろう。
もしかして他の2人も同じように体育館に呼び出されていたのだろうか?
今、音信不通なことを考えると、その可能性は高い。
それに、牛若丸の行方も気になる。
あの椎本とかいう男がいる組織は、牛若丸を狙っているみたいだし、
このまま放っておくと、危険だ。
俺は、さっき母が持ってきてくれた、ボストンバッグから適当に
着替えを出し、動き安い服装に着替えた。
それに、牛若丸には聞かなきゃいけないことがたくさんあるしな…。
まだ少し、頭の痛みが残っていたが、俺はかまわず、病院を抜け出した。
俺が入院していた病院は、夕顔病院といって市内では比較的
大きな病院で、街の中心部に位置している。
だから、交通の便は良く、どこに行くにも行き易い便利な場所ではあったが、
あいにく3人がどこへ行ったのか検討もつかない。
しかし、現場である学園の体育館へ向かうのが最も妥当だと考えた俺は、
病院の前に来たタクシーを拾い、学園へと急いだ。
病院から、学園まではタクシーで20分ほどだったのだけれど、
車中ではそれが一時間にも感じられ、俺は気が気でなかった。
最悪の事態ばかりが頭に浮かび、その場合俺はどうすればいいのか、
そんなことばかり考えいていた。
はたから見ても分かるくらい、かなり尋常じゃない様子だっただろう。
学園に着いて、俺は自分が制服でないこと、そして今日は病欠扱い
になっていることを思い出した。
「くそっ、ミスったな…仕方ない、なるべく見つからずに行動するしかないな」
体育館は、本校舎がある東棟の奥、グラウンドのすぐそばにあり、
誰にも見つからずに行こうと思えば、行ける位置関係になっていた。
俺は、まるで気配を消し、隠密行動を行う忍者よろしく、
そそくさと体育館へと歩を進めていった。
どうやら、今の時間、体育館を使っているクラスはなかったようで、
中には誰一人おらず、がらんとしていた。
本当に、昨日体験したあの出来事は起こっていたのだろうかと疑うくらいに、
あくまで体育館は、きちんと日常を営んでいた。
俺が、歩いていった場所、葵ちゃんがいたと思われるところを
念入りに調べたが、血痕や不自然な傷、痕跡といったものは
まったく見つからなかった。
あの日、感じた血の匂い、あれは俺の勘違い…?
ピリリリ。
不意に、携帯の着信音が広い体育館に響いた。
着信画面を見ると、知らない番号が表示されている。
誰だ…?と思う一方で、もしやと思う気持ちもあり、
俺は恐る恐る電話の通話ボタンを押した。
「もしもし…?」
「ブンケイくん…?」
聞き覚えのあるその声に俺は安堵した。
「葵ちゃん?!」
「うん…そうだよっ。ごめんね、ちょっとトラブっちゃって…
「そんなことはどうだっていいんだ、無事なのか?!」
俺は、葵ちゃんの声をかき消すように、声を荒げた。
こうして実際に声を聞くまで、分からなかったけれど、
やはりとても心配していたんだなと、実感した。
「…うん、何とかねっ。」
「今どこにいるんだ?そっちに行くから!」
「ダメっ!!…来ちゃダメ…」
「どうして…――
「いいからっ!私は大丈夫だから…それより牛若丸ちゃんを…――」
そこで突然俺達の会話は途切れた。
いや、途切れさせられた、というべきか。
この時、葵ちゃんがどうして俺が行くことを拒んだのか、
そして牛若丸がこの時どういう状況にあったのか、もし、
分かっていたなら、今とは違う未来があったのかもしれない。
もうつながらない電話に俺が困惑してたせいで、不覚にも、自分の
背後にまで忍び寄ってきていた気配に全く気づくことが出来なかった。
気づいた時には、時すでに遅し。
俺は右肩から左腰にかけて、鋭い痛みを感じ、
ようやく、何が起こったのかを悟った。
どういったもので攻撃されたのかは分からないが、俺の背中は流血に染まり、
足元は俺の血で小さな水溜りができていた。
しかも、あの夢の中で苦しんでいた頭痛が、同じタイミングで俺を
襲い始めた。
くそっ…最低最悪の状況じゃねぇかよ…。
背中の痛みと頭痛で、俺は今にも意識が飛んでしまいそうだった。
こつんこつんと、俺に近づく堅い革靴の音が聞こえてくる。
「…やはり、お前だけは、気に喰わねぇな。
オレ様が直々に壊してやるよ」